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| 2005.8.15記 | 英哲風雲の会 和太鼓コンサート2005 2005年8月13日(土) 沼津市民文化センター 小ホール 出演 上田秀一郎 小泉謙一 田代誠 はせみきた 服部博之 監修 林英哲 演目 第一部 ・山幸 作曲 林英哲 ・海幸 作曲 林英哲 ・tension 作曲 はせみきた ・千の海響 作曲 林英哲 第二部 ・神祗 トラディショナル ・暁 作曲 小泉謙一 ・七星 作曲 林英哲 編曲 英哲風雲の会 ちょっと、自分の行動が信じられませんでしたが、お盆の高速渋滞もETCも初体験しながら沼津入りしたのでした。正直なところ、通常のツアーで英哲さんコンサートが沼津であっても、足は運ばなかったと思います。 予め渋滞でのロス時間を予想しながらも、余裕のある開演2時間前には到着していました。会場(小ホール)の場所を確認してから私は、「戦没者遺骨収集にみる いのちの写真パネル展」や、ロービーに展示されていた広島や長崎の原爆に関するパネルに釘付けになっていました。核兵器廃絶平和宣言都市沼津市としての意思の強さのようなものを感じました。 さて、一部(笑)で心待ちのコンサートレポでも書いて(本当は書きたくない?)みましょう。気合の入るリハのせいか開場が少し遅れていました。 開場を待つ私にある男性が、「一列目のチケット差し上げますけど」と話し掛けて来ました。最前列を好まない私は、全体が見渡せるであろう12列目のチケットで満足だと、丁重にお断りしたのです。後で(終演後の楽屋訪問で)知ることになるのですが、はせくんの関係者のようでした。 演目を記された紙面から、ほとんど英哲さんの楽曲でしたが、5人がどのようにアレンジしてるのかが楽しみで、日頃から少数精鋭による太鼓表現を理想に掲げる私は、その若い手腕の目撃者になりたかったのでしょう。 つづきはこちらに |
| 2005.7.22記 | 担任、副担任制度は? 日頃、自分達の太鼓練習以外に、大半の時間は子供達の指導に費やされています。大きな組織を運営する上では、雑務も含めて皆で助け合って行かなくてはいけません。その辺りは誰もが理解されてると思います。ところが、クラス指導の担当就任には多くの運営メンバーは後ろ向きなのです。 私は、前々回のオフシーズンに次の年度の指導体型を話し合う席で、これまでの一クラス一担任制度に私なりの改善(?)案を提案していました。さらに、前年のオフにも同じ提案はしましたが、不採用のままです。 他所の子供メンバーを抱える団体の動向をいろいろ調べると、同じ年度であっても成人メンバーが当番的に、交代で指導してるところもあります。当然、全体を統括する人間は居るでしょうから、この方法も良さ気です。 私なりに近い将来を憂いあれこれ策を練り考えるのですが、どれもこれも採用には至らず、私としては不本意な既存のスタイルを踏襲しています。 最近では、私なりの危機感から子供の時から太鼓に参加してる人間は、例えば、高校を卒業したら子供クラスの指導者に強制的に就任させるとか次の策を考えてしまいます。他には、成人した方が太鼓を始めたいと入会する現状には、もっと割り切った指導スタイル(太鼓教室的に)で楽しく参加してもらえる工夫とか。その中で、徹底して上を目指したい意思の感じられる方には、さらに上のステップへの門扉を広げるとか。 どれもこれも当たり前と言えば、当たり前のことばかりですが・・・ ※文中に「私なりには」とか「私としては」と、数多く表現してます通り団体の考えを代弁してる訳でなく、私個人の全く勝手な意見であります。 |
| 2005.6.21記 | 辞め方を知っている者 おっと、いきなり爆弾発言か? 「もう太鼓(団体?)辞めちゃおうかな」順風満帆に見える日頃の太鼓活動に、そんなことを考えたことのある人は意外と多いと思っています。 かく言う私も・・・( ̄□ ̄;)!! 勿論、グループの方向性などの問題から新天地を探す方も多いでしょうけど、太鼓自体を「止めた」とはそれほど聞かなかったりもしますね。 私的には、グループに対して今まで通りの関わり方が難しくなれば、いつかはそんな日が来るかも知れないと思っています。一般的な想像の部分では、練習に着いて行けなくて弱気になり、そんな言葉が口から出てしまう人も多いのではと思いますが、私にはそんな思考回路は全くありません。 ある団体では、太鼓は高校生のうちまでと決められていて、高校を卒業と同時に太鼓チームも卒業するのです。私の関わる太鼓団体とは地域性も考え方も違いますが、この理念に個人的には大変共感しています。 決められた時間の中で最大限努力し、精一杯楽しむのでしょうから・・・ いつになったら上手くなるのか?いつになったら覚えて来るのか?いつになったら出来るようになるのか?個人個人の中で期日を設定した努力を重ねないことには、ただダラダラと時間だけが過ぎて行くのでは? 私は、そんなモチベーションでは太鼓を打ちたくない。 |
| 2005.5.25記 | 埋もれた曲を起こすにあたり “曲”というものの感覚には個人差はあるでしょうが、あくまで“練習用のフレーズ”であったり、何十小節かの“リズムの塊”であるものを含めて、私にも曲っぽく構成した自作の迷曲(笑)は幾つかありますね〜。 元々は、以前違うグループに所属していた時、「鼓童」被れのスタイルに嫌気が差し一石を投じたくて、「そんなのもう流行りませんよ〜例えば参考までにこんなのどうです?」的に提案する為に作ったものでした。 誤解の無い様お願いしたいのですが、誰の演奏であれその人やそのグループに憧れ目標に据えるのは良いことです。しかし、「それまんまやん?」というのは、新生グループが地域に根付く上では、初期の爆発的な原動力にこそなれすぐに飽きられてしまうだろうと予測していたからです。 そんなこんなの経緯がある曲を、何年かぶりに子供達用にリメイク出来ないかと考えています。今の所は構想の一つでしかありませんが、残念ながら今私が担当する子供のスキル以上の表現もありますから、曲に関係なく基礎能力を高める練習メニューの工夫が、最初の関門だと思っています。 我々の団体は、自分達大人が当然の様に身に付けている基礎能力を、どこまで子供達に伝えるのか躊躇してるように感じることがあります。少なくとも私は躊躇しているA級戦犯の一人ですが・・・(^凹^)ガハハ 過日のジュニコンに出てくるような団体の指導者は、もっと早い段階で子供達に課すスキルは上級のものを要求していたと自然に感じました。 子供を変えるには、まず私達大人が変わらなきゃ!(^^ゞ |
| 2005.5.11記 | 爆弾構想? 私はグループ内において、責任あるポストでもなければ、重要なムードメーカーでも無いと思っています。だからって、何を発言しても良いとは思っていませんが、私なりに想う事を書き出してみることにしました。 演奏メンバーは多くて9名。演目によっては人数に不足が生じるでしょうが、自分達の持ち味を発揮出来る演目に絞っても9名いれば充分かと。 いわば外部からの演奏依頼に応じる営業的な場面でのレギュラー組が、この人数と考えていただければよろしいかと思います。当然、固定の顔ぶれでなくその都度選抜される形態を取るという厳しさが望ましいでしょう。 何て書き出してみても、従来からおおむねこのようなスタイルが自然に定着し、運営してると思っています。ただ、ここ数年は出演慣れしたマンネリ感が気になり、緊張感を持った練習や演奏が懐かしくさえ思うのです。 自分達が思うほど世間の中で和太鼓の位置付けは以前ほど高くないと考えます。それは、単純に演奏依頼の減少でも明らかだし、自分達の演奏を客観的に観ても不甲斐無い部分ばかりが目に付いてしまっているのです。 そして、演奏依頼を待つだけという従来の姿勢を改め、積極的に外に向けて情報を発信することも、再び必要な時期ではないかと思わずにはいられないのです。その為に動き易い演奏組のスリム化は、私的には必要だと。 |
| 2005.5.7記 | 棚の上から? 見聞を広めた分だけいろんな角度から口を挟むことが出来る。しかし、場の空気であるとか自分が発言すべきか否かは、充分に注意が必要である。 意見や考えを出さないことに納得してもらえないこともしばしばあるのだが、何でもかんでも思ったことを発するのも時と場合によりけり・・・ 求められるスキルをこなして説得力のある言葉が出せる人もいれば、自分に課した合格ラインに届かず発言を控える人も多い中で、私は、自分や人を含めて客観的な意見の出来る人の言葉に耳を傾けていると思います。 自分達を客観視出来るのは重要なことで、兎角太鼓表現何て独りよがりの演奏に陥りそうになることも良くあることですからね〜。 例えば、憧れのプロを模していたり、イメージが明確な演奏は、ある意味気持ちが良い部分もあります。「あ〜また、あれね」と、一方では飽きられていることもあるのでしょうが、具体的な統一意識は感じられます。 大人数の演奏で共通のイメージが出来あがっていると、演奏する姿にも演奏以外の所作にもメリハリがあり、安心して観ていられるからです。 私達に今必要なのは、自由に成長して来たことを尊重しながらも、共通の美意識の構築というかもっと精度を上げるべき時なのかと思うことです。 |
| 2005.4.8記 | 花粉症再発? 年度末の仕事の忙しさに終わりが見え掛けた安堵感か、久しぶりに寝込むほどの風邪をこじらせていました。ちょうど、一週間前の出来事です。 その後も回復は順調に思われたのですが、鼻づまりと軽い咳払いが残った一週間でした。花粉症とは疎遠(笑)になり久しいのですが、どうも長引く鼻づまりの原因は、花粉の時期だからではないかと疑い始めています。 昨日のこと。たまたま仕事柄スギ花粉を直接大量に浴びてしまい、その時はクシャミを連発していましたが、明けて今朝は鼻づまりも和らぎなぜか知らないけど絶好調だったりします。これって荒療法?(^凹^)ガハハ さて、今週末はいよいよ「成田太鼓祭」です。桜が咲き誇るタイミングとバッチリ重なったのは、5年前の第十二幕の参加以来だと記憶しますね。 地元では、私の担当する子供達の指導日にこれまたバッチリ重なってしまったのですが、そちらの方は何とか先輩にお願いすることが出来ました。 私にしてみれば、ユニット仲間との再会は、昨年9月に伊勢で行われた「第二回日本太鼓祭」以来ですから、俄然気持ちは昂ります!ъ( ゚ー^) |
| 2005.3.29記 | ピッカピッカの一年生♪ 「クラスの担任」として子供達に向き合うのは、何か特別なことの様に思い構えていた私ですが、覚悟していた程の困惑した様子は皆無でした。 掴みはオッケーだったのか?いやいや〜逆に子供達に初練習の指導の仕方や様子を伺われていたのは、何を隠そう私の方だったと思っています。 先日太鼓コンテストに挑戦させたのは、もう一つ上のお兄さんお姉さんクラスですから、私はその原石の原石である年代を一年任されたのでした。 「ピーチク、パーチク」と好き勝手に発言し、前に立つ私の声が消されることが多いですが、元気が良くってなかなか可愛い奴等ですわ〜(*^-^*) 新年度最初の練習日ということもあり、欠席者も何人か居た為心持ち少な目の人数だったのが、比較的スムーズに進めることが出来た要因かもね。 曲目に応じて子供達の叩きたい太鼓の選り好みがある為、今後はもっと頭を使わないといけなくなりそうな予感がしますが、なるべく満遍なくいろんな太鼓を好きになってもらうよう努めることを私の目標としています。 そんな訳で、今年一年新たな楽しみが一つ増えた私なのでした。ъ( ゚ー^) |
| 2005.3.22記 | ジュニコン戦士 「戦士」なんてのも大袈裟なのは解ってますが、私の中では「選手」なんだけど、「戦士」ってイメージで、呼称したい気分ですな〜(^^ゞ そもそもが何の話か見えて来ないって? 実は、過日に私達のジュニア選抜が太鼓コンテストに挑戦したのでした。 正直なところ、個人的には「コンテスト」といったものに偏見があった私ですし、私達の団体の活動理念の部分で考えても、全く未知の領域に立ち入ることでありました。しかし、それでも終わってみると今までの苦労も忘れ、不思議なことに参加させて良かったと心の底から思えるのでした。 決して勝ち負けだけではありませんし、舞台に宿るという予期せぬ魔物にも子供達一人一人が対処出来たことでしょう。それに、このコンテスト参加自体が大きな意味での未知の魔物に向き合わせることでしたから・・・ 演奏(戦い?)を終えた彼らの眼の輝きは、間違いなく違っていました。 恐らく、彼ら自身それ程実感はないでしょうが、人様に感動を与える演奏が少しは出来る様になったと思いました。少なくとも影で支えていただいた親御さんは身内ではありますが、全員が感動の涙を流されていました。 そんな私も目頭が熱くなっていましたが、今回のことは単なる切欠に過ぎませんから、これからの指導で益々の成長を促さなければいけません。 |
| 2005.3.7記 | 馬之介よ再び ちょっくら、来月の成田に備えて久しぶりにMY担ぎ桶の調べ緒を本締めしてみました。かれこれ、初代馬之介からカウントすれば、買ってからまるっと六年目を向かえようとしています。早いものですね〜ヽ(´o`;)ノ その間に体(胴)が生まれ変わっている訳ですが、そろそろ皮がやばくなって来たかも知れません。つまり、単純に皮が伸びて来たと言えますね。 元々、担ぎ桶は四本締めで締めていた私ですが、昨年皮の伸びを感じるようになってからは、よりテンションをかける為三本締めに変更しました。 今回、一度三本締めをしたのですが、思った以上に音に張りがなくなっていましたので、馬之介では初めて二本締めを試してみました。しかし、これではテンションがかかり過ぎかなと気になったので、もう一度三本締めに戻しました。もうしばらくは、この状態で使ってみようと思いました。 だいたいが、一年を通じた使用頻度としてはグッと少なく、時折太鼓が可哀相にもなるのですが、今のライフワークの中では仕方がありません。一度、地元チームにおいて唯一担ぎ桶のパートがある曲の人選に、メンバーから推薦の声が上がりましたが、その時は実現には至りませんでした。 今度また、その曲を演奏する機会があればいいな〜って思っています。でもね〜最近その曲は少数編成で演奏することが多く、演出の上では担ぎ桶のパートは無くても不自由しない微妙な位置付けだと思うのは私だけ? |
| 2005.2.18記 | トケビ 「トケビ」とは、韓・朝鮮半島の民話に出てくる化け物で、財宝や好運をもたらすこともあれば、人間に簡単にだまされることもあるとのこと。日本で言うところの「鬼」に近い存在と解する考え方もあるそうです。 先日、偶然目にしたテレビ番組の中では、このトケビを題材にした打楽器ミュージックのパフォーマンスグループが紹介されていました。 使う楽器こそ日本の太鼓でないにしろ、伏せ打ちの太鼓演奏や担ぎ桶のような肩から担ぐ太鼓でのパフォーマンス映像も流れていたので、おおむね日本の創作太鼓チームと共通する部分が多いように感じました。 大きな違いは、その舞台は物語仕立てなのに台詞の無い打楽器中心のショーであるということです。4人の人間役と4人のトケビ役に分かれた展開で、トケビの世界に紛れ込んでしまった人間とトケビの心の触れ合いを打楽器を使い表現しているのかなと想像しながらテレビを観ていました。 是非、韓国に旅行する機会があれば、劇場にて生で鑑賞したいものです。 http://tokebistorm.com/brandnew/index.html |
| 2005.2.14記 | 仮面ライダー響鬼 偶然、旅先のテレビで見かけた“今”の仮面ライダーに驚いた私。三つ巴を模したと思われるベルトに、太鼓のバチを想像させる腰に付けた武器。 残念ながらその日ストーリーの展開上、積極的な攻撃パターンは拝見出来なかったのですが、ライダーグッズのTVコマーシャルで流れる映像からは、明らかに和太鼓の演奏をモチーフにした必殺技があると思われます。 http://www.tv-asahi.co.jp/hibiki/ パンチやキックだけで戦う仮面ライダーは、私が幼少の頃までの姿?子供達に絶大な人気を誇る変身ヒーローの様変わりに、ある意味和太鼓が見直されてる証拠なのだろうかと、苦笑いせずには居られなかったのでした。 正義の鬼と太鼓の絶妙な組み合わせは、大人でも楽しめる娯楽番組かも。 そうそう「鬼と太鼓」と言えば、お隣の韓国にも面白いパフォーマンス集団があるそうですが、この話題の続きは別の機会に譲るとしましょう。 |
| 2005.2.8記 | 少数精鋭の窮み 大人数での太鼓(太鼓音楽を含む)を好まない私ですが、集団でなく独りでもない究極でシンプルな理想の形は、(邦楽器)デュオだと思っています。 太鼓だけの二重奏もありでしょうが、音楽的な表現の広がりと完成度を追求するなら、篠笛などのメロディー楽器は無くてはならないでしょうね。 誰もが導く一つの答えと演奏スタイルだと思います。実際、この様な編成の演奏家はたくさんいらっしゃいますし、もっともポピュラーな形かと。 そして、プロ演奏家と言っても、ほんの一握りの超一流のプロ、一握りの一流のプロ、一流のプロ、普通のプロ、あまり知れてはいないプロなど。 アマチュアに至っては、さらに細分化できそうなものですが・・・ 最近、私がもっとも注目するプロ奏者は、最後のあまり知られていないけど、その仲間入りを果たし、覚悟して頑張っている少数精鋭の若者です。 また、日頃はアマチュア集団の中に身を置く私ですが、身に付けるべき技術水準や音楽性は、少数表現でも通用するものを視野に入れています。勿論、集団表現であることは私達の最大の武器に挙げられそうですが、最大の持ち味を封印しても豊かな表現ができる太鼓打ちになりたいものです。 |
| 2005.1.27記 | NANA 今朝の目覚ましテレビの話題からは、「NANA」というコミック本から派生した、ゲームソフトや音楽アルバムに実写版の映画化など、その原作の人気もそれを取り巻く業界の勢いも益々増すばかりだと感じました。 私はその漫画は読んだことはありませんが、ストーリーの中に登場するいろんなバンドの音楽を、現在勢いに乗る実際の若手アーティストが担当するそうで、その音楽がアニメーションの中で使われるのか、イメージアルバムとして売り出すのか、詳しい内容までは聞き逃してしまいました。 実は、同じ様なコンセプトで、是非とも実写版で映像化して欲しかった私の大好きな音楽漫画が以前ありました。それは「TO−Y」と言います。 なかなか、このタイトルを聞いてもピンと来る人は少ないと思います。それもそのはず、今から20年ほど前に週間少年漫画で連載されていたものです。当時もそれなりに人気はあって、実際のストーリーとは関係なく幾多のアーティストが参加したイメージ映像と音楽アルバムは発売されましたが、あまり話題に上がることも無く、その完成度には私も不満でした。 そして、その頃の思いを彷彿させてくれる予感のする「NANA」とやらに、ちょっと期待しては原作本をそのうち読んでみたいと思っています。 |
| 2005.1.24記 | 新年会シーズン 今月は多いですね〜新年会。たぶん例年通りのはずですが、何か感覚的に毎週末飲み歩いてますから、相当疲れているのでしょうか。ヽ(´o`;)ノ 最近は、記憶が断片的に途切れることが多くなり、お店の人や友達に迷惑を掛けているらしいのです。如何せん記憶が曖昧ですから始末が悪い。 今の所、警察沙汰にはなっていませんから良しとしましょう!\(~_~;) 知っての通り道路交通法の改正に伴い、酒を飲む時は、絶対に車では行かなくなりました。勿論、これまでも当然飲酒運転で罰せられる対象ではあったのでしょうが。最近は、もっぱら飲み会の場まで徒歩で向かいます。 健康志向の方の間では、ウォーキングというのは珍しくも無く、日頃運動をしない人の間でも「歩くのは健康に良いらしいね」というのは、一般常識になったと思います。元来、スポーツには親しみのある私ですから、会場までの道のりが3〜40分以上掛かろうが苦に思うより喜んでいます。 しかし、帰路はどんな道順で帰ったのか思い出せず、蛇行しながら歩いていたような記憶だけが断片的に蘇って来るので落ち込んでしまいます。 恐いお兄さんにだけはぶつからないように注意しなくっちゃ。(;^_^A |
| 2005.1.18記 | 写真集 卓球界の国民的アイドル福原愛ちゃんが、写真集を出すという話を聞きました。「へぇ〜」という気持ちと「なんだかな〜」という気持ちです。 フィギアスケートの安藤美姫ちゃんの写真集が、出るとしたら買いたいと思わなくも無い私です。単なるおやじと言われればそれまで?(´ヘ`;) さて、そんな私も英哲さんの春夏秋冬は、なぜか二冊持ってたりします。 一冊はどこかで埃を被ってしまってると思いますが、一冊は真新しいまま保管されています。埃を被ってたと言えば、同氏の著書をついに探し出しました。実のところ買ったはいいが、完読しないまま置き去りにしていたのです。一頃、この本をバイブルにする太鼓打ちが多かったそうですが。 八年前に欲しくて本屋さんに注文しては手に入れたはずなのに、なぜに読まなかったのかが今でも不思議でなりません。恐らく、文字による先人の経験談を読むよりも先に、その頃向き合いだしたばかりの太鼓に、実生活の中で正面からぶつかっていたのだと思います。ものは言いようかな〜? 安易に答えを知る(先人の言葉を聞く)のでは無く、自ら様々なことを考え経験する中で導く答えが、結果的に二アリーであれば良いのかなって。 そんなことを思いながらパラパラ読みを始めたのですが、共感する部分が余りにも多いことと、かつて、私自身が「日々雑感」と称しては、口にした言葉と同じようなことが書かれていたりするのでビックリしています。 |
| 2005.1.14記 | 朴と檜 私が始めて太鼓のバチというものを握った時、その素材は“桜”でした。 いわゆる、中太鼓と呼ばれる尺六寸ほどの長胴太鼓を叩くのに最適で、後に“楓”を素材とし作られたバチに出会うまで長年愛用したものです。 所変われば、表現する太鼓が違うように、推奨されるバチの規格も大きく違っていました。当時在籍したグループを離れ進展地を求めた私は、尊敬する太鼓表現師の勧めもあり、急速に長いバチを好んで行ったのです。 長年の経験からその好みが、また大きく変わろうとしています。 大太鼓用には檜バチが主流だと思いますし、締め太鼓や桶胴太鼓では朴を素材としたバチを勧める方が私の周りにも多く、私自身あらゆる太鼓と奏法を学ぶ過程で、試行錯誤しながらも経験上辿り着いた答えは同じです。 今、番頭のしゃべログでは、その奮闘ぶりを少しだけ紹介しています。 |
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