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都会ならでは? 田舎には田舎に根付いた団体が多く棲息し、都会には都会らしく活動しようとするグループが自然に誕生するのでしょうか? 第三者的な視点では両者に明確な違いは無さそうですが、都市部に誕生する組織の方が明らかに勢いがあるのです。当然、プロだアマだに関係なく・・・ちょっと、私は焦りにも似た感情が芽生えています。 新生団体は、既存のものへの挑戦とかある意味では打破しようとする心構えがあるのかも知れません。それは、想像でしかありませんが、長いものに巻かれるのか自分達が巻く方を作り出すのか・・・先発、後発、老舗に新参者。後から追いかける方はそりゃあ〜覚悟が違う? 2004.7.10記 (12.22掲示板より転載) |
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アマチュアの中のプロ意識? ここ数年、和太鼓を含めた邦楽集団や和太鼓と洋楽器のコラボレーションを主体にプロ活動をするグループが急成長しました。そんな時代に私も魅せられ活動してる訳ですが、限界というかその先を目指すなら別のアプローチが必要ではないかと思い始めています。プロとは言えずともセミプロ集団は腐るほどいますからね〜。さあ、今後の私のスタンスを模索する時期かもね!? 誤解を生むといけませんが、プロだアマだとギャランティーの有無が問題では無く、単純に面白いと思える音楽やパフォーマンスを遣りたくなっているのだと思います。もっとも、今のままの活動スタンスに不満がある訳ではありませんが、組織の中にドップリと安住してしまっている一面も無くはないかな〜と、冷静に見つめ直しています。 時折、古い映像に映る若かりし頃の自分の姿を観ては感じることがあります。その頃は、現在のような大きな団体にも所属もしていませんし、演奏する曲さえ自分達で作調しては、ドタバタの演奏をしていました。当然、技術やセンスも無く音楽性も貧困だったのですが、それでも、誰もが楽しそうで色褪せない何かがそこにはあったのかも知れないと思いました。 ・ ・ ・ 太鼓に必要な技術は、大きく3つの段階に分けられるかも知れないと頭の中を整理してみと、@特定の曲を演奏する為の最低限のスキルを身に付けるもの。A曲ありきでは無く、太鼓演奏の基礎となりうるリズムや打法を学ぶ。B太鼓を叩くことだけに捉われず、打楽器として多くの技法を参考にしたり、音楽的な表現や舞台芸術的な演出を学ぶ。等々、取り敢えず3つ書き並べてみましたが、ニュアンスの違いだけで言いたいことが伝わるのか、かなり不安ですな〜ヽ(´o`;)ノ おおむね、太鼓教室の生徒さんというのは、@と言えそうです。あくまで“おおむね”です。(;^_^A我が団体の一般会員さんの多くもこの感覚かなと。当然、基本練習などで私達指導サイドは様々なAのことを伝授しますが、なかなか狙いが理解されないようで身に付く過程はもの凄くゆっくりです。どうしても、与えられた曲を覚え間違わずに演奏出来るかどうかが重要となっていて、答えがハッキリしない一見退屈な基本練習は敬遠する傾向にあると感じています。 話があっちこっちしてしまい論点が揺らぐのですが、私は常々アマチュア太鼓打ちではあるんだけど、どこかプロ的な厳しさは保ち続けて関わろうとしています。しかし、それを万人に受け入れてもらおうとも理解してもらおうとも思っていません。ただ、自分がそんな性格であるということです。 組織の中で太鼓に親しむということは、組織のあり方や方向性も自然に感じようとしてしまうものです。時々は解らないことにもぶつかりますが、その都度理解するように務めています。私が学び感じていることが本当に組織の総意なのかは自信がありませんが、何百人という総会員が同じベクトルを向いて太鼓を打つとも考えられません。すなわち、最低限年代別に分けられたクラス単位で、太鼓組織への関わり方に違いがあってもいいと思うのです。 ただし、クラスを担当した者に至っては、指導責任者でもあるし上層部とのパイプ役も担うし心労は絶えないことでしょうが、それも組織の一員としての名誉なことだと諦めましょう。それと、個人的な見解では一般成人クラスにおいては、自分達で創意工夫を重ねる楽しさもそろそろ解ってもらえたらと思っています。いつも指導者におんぶにだっこよりは、数多く存在する他の少数組織の団体と肩を並べるくらいの意識が芽生えたらと常々思っているからです。 さてと、組織の一員である私ですが、それに関係なく他に目を向ける行動は止まりません!? 2004.12.6記 |
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第三世代へ 普段から身近に親しむ和太鼓の世界も大きく変わろうとしていると感じています。プロを意識する若手の台頭が目覚ましく、着実に彼等の活動が受け入れやすく世間が成熟してきたのでしょうか。地域に根付いた太鼓を良しとする考えと自由な創作音楽として表現しようとする太鼓。 片田舎に住む私にとって太鼓を楽しむことを考えると、既存の太鼓団体に所属するという方法を自然に選択します。もっとも、私が最初に和太鼓のチームに誘われた時、このような音楽的な世界があろうとは、全くと言っていいほど知りませんでした。 太鼓に魅せられた者が一度は通るとされる「鼓童」。私も彼らの太鼓を急速に理解して行きました。折りしも和太鼓ブームの真っ只中、新鋭の太鼓団体はこぞって彼らの影響を受けていた様に思います。また、積極的に全国から参加者を募り、佐渡にて太鼓の楽しさを発信されていました。 「鼓童」に限ったわけではありませんが、プロの第一線で活躍したプレイヤーが団体を離れ新しくチームを立ち上げたり、ソリストとして人気を博し活躍の場を広げて行ったように思っています。 関西に近い私にとって、時勝矢一路氏の功績には一目置いています。ご存知のように「鬼太鼓座」から独立し、「和太鼓一路」から「JDO一路」へとその活躍は目覚しいものでした。関西の創作和太鼓団体に多大な影響を与えた人です。私がよく「関西系の表現」というのは、間違いなく一路氏の独創路線に何処かしこでインスパイアされたものが定着したのだと思っています。 関西の創作太鼓の流れを話し出すと、私の知る限りでもなかなか止まらないので、その件はまた別の機会に譲るとして、私がもっとも注目しているのは、「英哲風雲の会」を経て独立した方々であったり、今尚在籍しながらも独自の世界を展開してる人達です。それと同じく「鼓童」に在籍しながらも別のユニットでの活動が動き出した金子竜太郎さん。さらには、「元鬼太鼓座」であるとか、「元JDO一路」などの肩書きを持つ若者で、取り分け少数精鋭のユニットですかね〜。 2004.9.10記 |
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バチにまつわるエトセトラ 太鼓のバチ−たいこのバチ 太鼓を販売しておきながらナンなんですが、音大工ではバチを積極的には取り扱っておりません。と、いいますのも、良いバチは、打ち手の体格や、筋力、求める音質などによって人それぞれ、大きくかわりますので、それを知った上でないと一概にバチをお勧めすることはできないと考えているからです(ちなみに、鼓童のメンバーは自分のバチは自分で削っています。既製品にもいろいろと手を加えて、独自のものにしているようです)。 その代わり、バチに関してのノウハウは、ワークショップなどでご提供していきたいと考えています。まずはどうぞお気軽にお問い合わせください。 〜以上、音大工のHPより〜 私は、音大工のこの考え方と姿勢が大変素晴らしいと以前から感じていました。 「音大工」その存在を知ったのは今から8年くらい前に遡ります。当時、和太鼓を始めたばかりの私はその世界の右も左も解らない状態の中で「鼓童」のコンサート会場に居たのです。 入場の際受け取ったチラシの中に音大工の商品紹介もされていました。今からすれば惜しいことをしたと思うのですが、尺六寸の桶胴太鼓と英哲型立ち台のセットが16万円代で購入できたと記憶しています。後々知ることになるのですが、「音大工の販売する主な太鼓=浅野太鼓製」だということを。 バチに関して自分達を例にとると、会のほうから太鼓屋さんに何百本単位(ダンボール箱単位)かで発注し、一般の市場価格よりは少々お値打ちに会員に向けて販売しています。それでも高いと感じる人は居るのですが、まあ〜それはそれとして・・・(;^_^A 上級者になればなるほど独自の拘りが開花するようです。自分で削る人間。独自のルートで製作を発注する人間。あちこちの太鼓屋さんに買いに走る人間。私もかつては松任の浅野太鼓まで買いに走った経験者ですが、徐々に買い物の仕方も変化していきました。 この度、私は幸運な出会いから良い職人さんに巡り会えました。本職の空いた時間に製作していただいてるとは思いますが、このご縁は大切にしていきたいと考えています。 先日もメンバーの1人が、私が詳細を指示して作ってもらったバチを試したいということで注文していました。何となくメンバー内や職人さんの間では「しんやモデル」として定着しそうな予感がしています。しかし、一般的な量販店ではありませんので大量注文や納期を急がせることは絶対にしてはいけないことだと思っています。すなわち、職人さんに対する礼節を重んじたいのです。 2004.3.10記 |
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爆弾発言? 健作さんのWSに参加して逆上せているのかも知れませんが、積極的に他に目を向けて頑張っている人々の熱い部分に触れた時間を懐かしんでいます。 大雑把に参加者に共通して言えそうなのが、恐らく皆現状の活動に満足していないような気がしています。なかなか地域に根ざした団体として、安定した運営を実現しているところは思いの外少ないのだと思います。 私は、他所から今の団体のリーダーの人間性に惚れて仲間に加えていただきましたが、実のところその先が在るならその先を目指したいと強く意識し出しています。その想いは今に始まったことではありませんが・・・ 仮に、リーダーがその先を具体的に模索するのであれば是非共に歩みたいと願っています。しかし、自己分析するにまだまだ全然イケテいないので、全速力でその足元にでも近づこうとしているのです。 言い換えれば、決して彼の足手まといには成りたくないですから・・・ 地域に根付いた団体活動はそれとして、今後も大切に守りながらも外の世界に積極的に目を向けた活動が出来ないかと正直考えてしまいます。 全国的に観て、東海3県は太鼓に対して希薄な地域だと感じていますが、その中でも自分というものをしっかり確立した魅力ある太鼓打ちは居るのです。 もっともっと他の地域に目を移せば、私が理想とする形を数年前に実現した団体が存在しています。それは・・・また、別の機会に。 2004.2.10記 |
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独り言ですが・・・ 先週の木曜日の夜のこと、太鼓の練習から帰ってからロードワークに出て、快調に走っていたのですが膝に再び痛みが出てしまいました。12年前の悪夢が甦りました。ここで無理は絶対にしたくないので、プールでのトレーニングに切り替えるかも知れませんね。 腰のことから考えると筋力のある私はプールのエクササイズは特に意味は無いらしいのですが、膝への負担を回避するには水中は最適だと思います。若い時から一貫してスポーツ畑の私は30を過ぎて、ほんまコンディションの維持には細心の注意を払うようになりました。 今のような運動量の太鼓がいつまでも打てるとは思いません。ひょっとすると、そろそろ自分の太鼓スタイルの確立が必要な時期に差し掛かってると言えるのかな・・・ 2004.1.22記 |
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頭で解っても身体で出来ない私 今年の初めにヘンテコリンな楽譜を思いつき書き留めた練習曲があります。曲と言うよりは練習用のリズムの塊りと言うべきですね。\(~_~;) もっとも、どこかで耳にした様なフレーズが自分の中で噛み砕かれ、おたまじゃくしを独学する中で偶然にも形となり飛び出したものですが・・・ 自分で書き記したのにも関わらず、これを時折眺めているといろいろ発見があります。つまり、その時々のモチベーションで自分の譜面からそれぞれに違った何かを学ぶのです。 音楽の経験なしに飛び込んだ和太鼓の世界(無論アマチュア界)ですが、音楽的解釈が出来る能力というのは有るに越したことはないと実感しています。(そういう能力も求められる太鼓になってきた?)私が数年前からこの雑感で独り語り触れてきた話題は、音楽経験者からすればちゃんちゃら可笑しな戯言だと思います。 さて、前置きはこんなところで、私達は1年ほど前から3拍子(6/8拍子)を取り入れた練習をしていますが、自己評価では全く置いてけぼりを喰らった情けない状況です。ヽ(´o`;)ノ では、上手く叩けていると思う先輩はどうなのでしょうか? 頭であれこれ考えずに、身体で感覚的に反応できる能力が高いのだと思います。音楽的な能力も無意識ながら高い人もいれば、意識的に努力してる人もいると思います。そこで私なのですが、先輩から助言されすぐさま理解出来ることもあれば、自分で気づかないことにはなかなか身に付かないことも多いのです。 そんなチーム内の動きとは関係なく、書き出したその譜面は3連ベースで組み立ててあります。先の3拍子練習が始まった頃、使ってみようと思ったのですがテンポが合わず早々に挫折してしまいました。もう少し補足するなら、8分打ちのアクセント入れで3連符風に感じるのではなく、明らかな1拍3連符の中に音を押し込めたものだったからでした。 3拍子練習のスタートから半年ほど経ったある日、もう一度練習のテンポに組み込めないかと頭をひねったのですが、そのテンポにはまる様に楽に打ってもリズムの組み立てが全然面白くないものになってしまったのです。つまり、トリッキーな音を散りばめようとすると技術が伴わないのでテンポが速すぎて感じるのです。(ホントに速いのかな?) 一度、リーダーに話ししたことがありました。積極的に多彩なリズム使いをソロに組み込もうとするには、今のままのテンポでは速くないのか不安だったからです。確かに、気持ちテンポを下げて落ち着いたソロが聞かせられるのが理想かもと話ししてくれました。 それから再び数ヶ月が経ちますが、努力が結果に結びつく先輩の何人かは手がよく回るので圧巻です。テンポを明らかに落すことなく細かなリズムを散りばめているのです。完成形に近づく先輩と置いてかれている私の距離感を強く感じました。 その後も手が回らない私ですが、頭の中ではよく回るようになってきました(苦笑)。 そんなある日、もう一度あの譜面を取り出し眺めていると分解したい衝動に駆られたのです。落ち着きながら解読すると綺麗に6拍子の進行に分解出来たのです。すなわち、4拍子の中で6拍子が同時進行すると感じられるのです。実は全然すごいことでも無いんですけど。(^^ゞ 今回のことで、テンポをどこに感じるかで音作りが大きく違うということを身を持って感じました。また、曲の中や練習で要求されるテンポに、身の丈に応じたソロパートが瞬時に考えられるように成りたいと思いました。 蛇足ですが、上記のような取り組みの副産物として、6拍子と8拍子同時進行で全く同じに聞こえるものも書き出してみましたが、「別にどうでもええやん!」と自分でツッコミを入れておきました。ただ、おたまじゃくしを理解する上ではこのような独学が役に立っているようにも思います。 2003.12.26記 |
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