太鼓そっちのけで、いきなり番外編!\(~_~;)


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ツーリング日記 (愛機GSX1100SKATANAで駆け抜けた記録)
     
2001年春  2001年夏  2001年秋


「東名高速の走り方」 〜序章〜


 皆さんは、「AE86」って車がわかるでしょうか?私が免許を取った頃、走り屋の間で人気のあった知る人ぞ知る“峠マシン”です。
 
 小生も最初に「AE86・トレノ」を手に入れドライビング技術を学びました。しかし、この車の寿命は短く約一年乗った頃、わき道から飛び出して来た車をよけ、テールがスライドした所をカウンターをあてましたが、体制が整えられずスピンで交わし助手席側から電柱と仲良くなってしまいました。

 およそ一ヶ月の軽トラ生活の後、次に手に入れたのは「AE86・レビン」でした。

 くれぐれも誤解の無いよう断っておくが、命をすり減らすような走りを週末に、夜な夜な繰り広げるようなことは・・・していません。

 彼女もいない週末の夜、人里離れた所を独りドライブを楽しむのは好きでした。(^^;


「東名高速の走り方」 〜一の章〜


 お金さえ出せれば、市販車でも300馬力だとか,最高速を出そうものなら300km/hに手が届くものはゴロゴロ出まわってる世の中です。

 しかし、高級車でなくても大抵の車は、180km/hまでメーターは刻まれているし、ひいきめに見ても140〜150km/hは出せるのである。いかに、その速度域をキープしつづけ、周りの車の状況を的確に判断するかが、私のドライビングの美学である。

 そんなことを考えながら、今まさにアリストを抜き去るのです・・・。

 これは、二度の上京を経験し言えるのだが、アリストとかセルシオとかに乗ってて、追い越し車線をチンタラ走る人が多過ぎます。高級車オーナーの驕りなのでしょうか?そういうドライバーに限って、抜かされ方が下手糞なんですね〜。

 えっつ?私の車は何かって?

 そうね〜、最高出力は150馬力出るのかな・・・、1800ccの排気量の国産中堅メーカーの車です。でも、充分な戦闘力を備えています!(本当かよ〜)

「東名高速の走り方」 〜二の章〜


 中には、私と同じようにカッ飛んでる車に出会います。そんな時、友達に出くわしたかのように嬉しくなります。お互い抜きつ抜かれつをくり返し、退屈な高速移動の暇つぶしをするのです。(少なくとも私はそう思ってます)

 見るからに走り屋の車にも遭遇します。以外に思うかもしれませんが、この前のRX-7の兄ちゃんは実にマナーが良かった。最初は、対抗して抜かれ無いように飛ばすんですが、あるスピードをキープしてる私の走りに気付き(先を急いでる車なんだ〜と思ってか)、紳士的に車線を譲ってくれるんですよね〜。

 いつしか、私の前を行く車は居なくなります。

 さあて、注意しなくてはいけないのがオービス&覆面です。レーダーを搭載していない私は、知らない道路でスピード違反で捕まりたくはありません。又、覆面っぽい車も注意しなければいけないのです。

 オービスに関しては、「スピード監視路線・・・」の看板を見つけると110km/h程度にダウンさせます。たいてい看板は、二つ出てきます。一つ目を見つけて、二つ目を過ぎた辺りからひたすらキープ・・・。

 看板を見落としたらどうしようといつも思います。(「勘」と「運」を見方に付けてます)

 誰か、レーダーをプレゼントして下さい。\(~_~;)
 宛先はこちらです。↓↓↓
     ※※※※※※※※※※※


「東名高速の走り方」 〜最終章〜

 小生が若かりし頃、スキーに行く時に、片道6時間を独りで運転した事がありました。
さすがに疲れてしましい、二度と単独で長距離ドライブはしないぞ!と心に誓ったものです。

 なのに、なのに!片道8時間以上の移動を今年に入ってから二往復経験してる。

 自分でも信じられないほど、“バカ”ですよね〜。

 新幹線とか夜行高速バスとかメジャーな上京手段はあるのですが、東京からそのまた先の目的地に到達することを考えなくてはいけません。交通機関の営業時間とか、「太鼓」という大きな手荷物の関係で、いろいろ悩みました。

 結局、自家用車で自宅からYOGY邸まで走りぬくのが、BESTかな〜と判断したわけで、恐るべし“太鼓バカ”のエナジーなのであります。

 しかし、この先何度もこの手段で移動するのは、危険だと感じています。また、人にも薦めたくないですね〜。

 と思いつつ・・・6月は、もう直ぐそこに・・・。

       
お・ま・け

〜噂のディズニーランド渋滞、13kmの孤独。〜

 
 「うぉ〜、もうこんな時間だ!」
 
 私は、猛烈に焦っていた。もう夕方の4時を回ろうかとしていた。お土産は何にしようかと楽しく迷ってるメンバーとは対照的に、内心焦りまくっていた。

 当然、明日の月曜日は仕事である。朝8時半には現場入りで、共同プロジェクト作業の班長を担っている為、すっぽかすわけにはいかないのだ。

 なのに、なのに、日曜日の夕方に千葉県は成田市に居るのだ。ちなみここから私の生活拠点までは、遥か600kmの彼方なのです。
 
 「じゃあ、皆さんお疲れ様でした。」
 
 「気をつけてね〜。ありがとね〜!」

 挨拶もそこそこに急いで車に乗りこんだのは、夕方5時を少し過ぎたところでした。(あっつ、しまった!YOGYさんに帰る道を確認しなかったぞ。まあいいか、カーナビがついてるから…。)

 カーナビに従い帰路につき始めたが、ありゃ?逆の方向に案内されてしまったぞ?まあいいか、こちらの方が近道なのかもしれない…。ところが、成田市内の渋滞に見事にはまってしまったのです。途中不安になりYOGYさんに電話すると、「Uターンしたほうがいいかもしれない…。」であったが、狭い路地のため容易に方向転換できなかったのです。まあ、いいか〜。と楽天的な性格が災いし、知らない街で渋滞を楽しむことにしました。

 かくして、東関東自動車道富里ICにのったのは、午後6時頃だったと思います。

 東京まで60kmぐらいだから…1時間もあれば東名高速にのれるんじゃないかな。と思っていた私でしたが、なかなか飛ばすことができませんでした。

 やがて日も落ち、暗くなるにつれて、遠くの方から赤いテールランプが繋がっているのが、はっきりわかる様になってきた。三車線すべてが赤い絨毯のように…。

 まさか!?

                                     Fin
    
     (以上、ネットユニット来舞の活動から2話お届けしました。)
     平成12年4月9日「関東一の太鼓祭〜感動成田劇場第十二幕〜」に参加。


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