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| 2005.1.2 | 敬寿瑞春 (平成17年1月2日) 本年も引き続き御指導賜りますよう宜しくお願いいたします。m(_ _)m さて、久方ぶりにパソコンのキーボードを打つ私ですが、年末年始の日常で感じたことは番頭のしゃべログにケータイから書き込んでいました。 気軽に書き込める点においては大変重宝しておりますが、ウェブ上にデーターが保存される為に、自分の手元(パソコンのハード等)に自分の言葉が残っていないというのは、少々無責任な感じがして戸惑っております。 そのブログにも書きましたように、私の元日はバチ作りで幕を開けたのです。もっとも、角材から削り出した訳ではありません。使わなくなっていたバチに手を加えただけですから、不器用な私もそれなりに出来ました。
そんでもって翌日は、ショッピングセンターの新春イベントで太鼓を演奏する友達を観に行きましたね〜私の中でも毎年の恒例行事になってます。 今回は、静岡からゲストの津軽三味線&篠笛奏者を招き、上手く太鼓とコラボレイトしてました。その彼とも二年前に一度会ってる私ですが、なかなかの好青年で成長が期待出来るマルチプレイヤーの一人だと思います。 と、ま〜毎年代わり映えしない正月休みの過ごし方をしてる私ですが、こんな休日の過ごし方もボチボチ改め様と思っています。この月の神戸に、二月の京都と四月の成田で個人的な太鼓活動は一休みする予定でいます。 恐らく、コンサート鑑賞などの行動も激減することでしょう・・・ |
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| 2005.1.3 | 私なりに組太鼓を考える (平成17年1月3日) 最近、グループ表現の中でもドラムセットのように太鼓を並べるのが主流ですが、皆さんご存知のとおり特に、ソリストの音楽的表現では非常に効果的なセットだと思います。そんなの様々な方が実践済みなのですがね。 ずい分前から考えてるテーマであり、何か機会があれば事あるごとに試したりしてますが、自分ひとりで何かを表現しようとした時、果してどんな太鼓を叩くのでしょうか?(この場では、幾度無く触れている話題です) 一人での音作りを考えていると、締め太鼓二つに、桶胴もしくは長胴太鼓などを三基という組み合わせが、実に理に適っていると実感するのです。 「そんなの英哲さんや松村組を観てれば当然じゃない?」と思われますよね。しかし、お手本とする先人がそう並べているからと言って、安易に受け入れるのでは無く、自分が自分の音を模索する中で行き着く答えです。 もっとも、使う太鼓やその数、配置の仕方にはいろんな奏者の独自の拘りが垣間見えますが、私の思うベーシックなスタイルも先の通り決定かな。 さてさて、年末には創作太鼓の基本らしきものを話題に勝手なことを書き綴りましたが、相変わらず私には何が基本で、どこからどこまでがそれに当てはまるのか曖昧なままです。ただ、組太鼓による音の創作過程で思うのは、音を打ち鳴らすコツのようなもの以外は、今まで基本として受け止めていたことを大いに覆えす必要はあるんじゃないかと思っています。 ちなみに、その基本らしき枠組みを意識しない私は、固定観念を外しやすいので比較的柔軟な創作表現は、やはり一番得意な分野と言えそうです。 |
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| 2005.1.4 | 救命病棟24時 (平成17年1月4日) 正月の特別番組として放送してるのを途中から観ました。「へぇ〜松嶋菜々子も産休が明けてドラマに出てるんや〜」くらいの気持ちでした。 その中で、研修医が救命救急の先生に「満足の行く指導をしてくれない」とタンカを切っては、救命救急の先生から「観て覚えるもんだ!」と、激しく諭されていました。こんな口論は社会の中で日常茶飯事ですよね〜。 趣味の太鼓に重ね合わせれば、私自身熱く語るほどの太鼓の技術は持ち合わせていませんが、お手本とすべき先輩方の姿からまさに、このドラマの先生の言葉通り、観て覚え目で学んだ部分が多いと思っています。 未だに先輩から注意を受けることには感謝しますし、何も言ってくれないことに腹など立つ訳も無く、常に自分と向き合い自問自答する日々です。 勿論、カリスマのような師匠と呼べる指導者が存在しなかったというのも大きな要因でしょうし、今後も創意と工夫で精進して行くことでしょう。 与えてもらえるのが当然という意識では成長は望めません。自分の至らないとこを自覚しては、試行錯誤と情報収集に務める意識が最重要かなと。 ドラマを観終わった後の情報収集によれば、内容の大部分は過去に放送されたものとのこと。私はすべて新しく撮影されたものとばかり思っていました。出産後にも関わらず松嶋菜々子の綺麗な容姿にまんまと騙されていたようです。っていうか、連ドラで放送されていたことを知らなかった。 |
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| 2005.1.5 | 自前の練習スタジオ (平成17年1月5日) アマチュア太鼓チームにとって、練習場の確保というのは一番大きな問題点といっても過言じゃないでしょう。プロとして活動する方も同じかな。 太鼓を生音でもって叩き練習出来るということは、かなり恵まれた環境だと認識を改めるべきですね。私が、過去に在籍したグループを離れようと思った切欠も、練習環境の整備を願っての行動だったとも言えるのです。 以前は、古タイヤを叩いたり、ゴムの消音マットや毛布を太鼓に被せ練習するのが当たり前で、直接太鼓を叩けるのは本番だけという状況でした。 しかし、驚くこと無かれアマチュアの大部分のところが、それと似たような状況だということを知ってる人も多いでしょう。少し前のことですが、私はあるプロ団体の練習場にお邪魔したのです。何とそこは一千万円以上の防音工事を施し、見事に自分達の練習環境を整備されていたのです。 今、私がお世話になりますところは、公共の施設の多大なご好意により上手く運営されています。それでも、その恵まれた練習環境は未来永劫約束されたものではありません。何やら以前から練習場建設の話は噂されていますが、実際のところ、どこまで確実な話なのかは検討もつきません。 私が大富豪ならさっさと練習スタジオおっ建てて、未来永劫賃貸借いたしますのにね\(~_~;)。若き演奏家や他団体へのご利用も呼びかけるかな。 |
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| 2005.1.6 | 打ち初め (平成17年1月6日) 今年最初の木曜日は、太鼓の練習初めとなりました。次の日曜日に大人クラスの演奏が予定されているので、その仕上げの練習に熱が入りました。 今回の私の役割は、締め太鼓と曲間のMCと大太鼓の横打ちを任されました。この日の練習で全て元日に作ったバチを試してみました。締めバチに関してはしゃべログに書いた通りで、大太鼓用は急遽1センチほど短く作っていたのです。これは、横打ちよりも正面打ちの好みを優先しました。 しかし、横打ちでは微妙にしっくり来ない違和感を抱いてしまったかも。 それはさておき、練習の仕上がり具合はと言えば、完璧を望めば問題箇所は多々あるのでしょうが、私的には良い感じに仕上がったと思いました。 後は、爆竹や一升瓶を投げ込まれないことを祈るばかり。何を隠そうこの出演は成人式のアトラクションなのですが、私としては意外にも初参加でして、昨今の式典の荒れ様を先輩からは冗談ぽく脅されているのでした。 |
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| 2005.1.7 | プチ天邪鬼? (平成17年1月7日) 「これが基本だ」「普通はこうだ」という言葉に、心のどこかでは素直に従えないことがあります。勿論、いつもそんな気持ちでいる訳ではありませんけど、時に通説を覆すだけの自負自論があったりするのでしょうね。 太鼓の技術的なことでも追求すればするほど、柔軟に対応出来る基本理論(のようなもの)に、個人個人の経験が加味されては、「これが基本だ」と言いたくなるのですが、本当は言い切れないと思うのです。(何か学問的なコメントですね)まあ〜日常的には「基本」という言葉を使わないと説明がつかないし、練習や指導がスムーズには進行しませんけどね。 私がこれまでにいろんな演奏家にお会いする中で感じるのですが、理論武装出来るだけの自論をキチッと構築されてる奏者に魅力を感じています。 さて、ここまでならいつもの似たようなコメントの繰り返しですが、具体的なネタを抽出してみましょう。ポピュラーなリズムの「ドンドコ」ですが、以前掲示板にもご意見を頂戴しましたが、取り分け私達の地域では頭にアクセントが入る形が根強く定着しています。私も最初のチームではそのように習いましたし、意外と全国的にも同じ傾向が強いようです。 私が思うに、土臭く土着性のある太鼓であったり、かつてそのようなルーツを持っていたり、手本にしていた団体には広く蔓延してる認識かと。 音楽的な意識のある(敢えてこんな言い方)創作太鼓では、上記の奏法だけではNGだと言わざるを得ないでしょう。加えて、手順やバチの軌道やどの時にこのリズムが使われるかでも“うんちく”は溢れ出て来ます。 果して、どこからどこまでを“基本”として括りましょうか?私の認識では、基本は右右左で打って三つの音は均一になるようにでしょうね。バチと腕の描く軌道については、所変われば様々なのですが、スピードや安定感を増す程に、その幾何学模様は一つの形にしかならないと思うのです。 やっぱ、基本があるジャン?( ̄□ ̄;)!!しかし、それを伝えようとしたり自分の中で整理する過程で、人によって解釈に違いが生じるのでしょう。 けっきょく何が言いたかったのか?これを書いた今日の私。\(~_~;) |
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| 2005.1.8 | 内から外へ、外から内へ。 (平成17年1月8日) 時々メンバーから聞かれることがあります。「○○ちゃんは太鼓のWSを受けに行ったり、いろんな演奏を観に行ってるけどどうなん?」と。 特段、地に足が着いていないと言う訳でも無いし、地元の活動に不満がある訳でも無く、太鼓にのめり込んだ時からのライフワークでしょうね。 しかし、時には外に出て別の視点で自分の位置を確認するということは、強ち無意味では無いと思っています。だからといって、万人に勧めるものでもありませんし、事実それほど見習われてはいないと思います。(笑) 今、地元で活動する多くの仲間は、幼少の頃より身近にあった地域芸能の太鼓であり、興味が湧けば入会するのが自然な流れだったようです。これは、ある意味幸運なことではないかと今の立場からは思ったりします。 隣町に住む私にとっては、今の団体との接点は全くありませんでした。最初にお世話になった団体では満足しきれなくなり、外に目を向けた個人的な活動の中で、後に、今の団体にお世話になる切欠があったのですから。 そう思うと、基本的に現状に満足してる方がほとんどなのだと思います。 私自身元々が外の空気を吸った人間ですし、フットワークの軽さからも日常的に外の空気を吸い込みたくなるのでしょう。漸く、と申しましょうか外で吸い込んだことを消化しながら、自分の太鼓表現の糧になるかなと。 |
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| 2005.1.9 | 噴火しちゃったよ〜(´ヘ`;) (平成17年1月9日) 新春一発目の演奏は大成功でした。しかし、本番直前に私は切れた!そのことを後で先輩に詫びましたが、お咎めが無いのがさらに申し訳ない。 どうやら先輩が切れる直前に私が切れたらしい・・・ 本番前の集中の仕方は人それぞれだと思います。その日は本番前に手合わせは行うことで、着替えを完了し集合する時間が伝えられていました。 それなのに、時計を見ると5分以上過ぎてるのに手合わせが開始出来ないでいたのです。その時間的な遅れには目を瞑っても、手合わせが始まってもコソコソ声は聞こえてくるは、全く集中されない意識に私とて本番に臨む身、モチベーションが掻き乱され敢え無く沸点に到達したのです。 その後、手合わせをボイコットし部屋を出た私は(大人気ないな〜)、皆の意思の統一具合も最終的に手合わせをした仕上がり具合も解らないまま本番を向かえたのです。後は野となれ山となれ、仲間を信じるだけです。 緊張し張り詰めた空気の中では誰もが孤独です。それを誤魔化すように他愛も無い行動を続けるのかも知れません。しかし、演奏が始まれば不完全な自分と否が応でも向き合わねばなりません。本番直前は集中しなきゃ! |
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| 2005.1.10 | ギクッ!Σ( ̄ロ ̄lll) (平成17年1月10日) 私が、長き(たかが四年されど四年)に亘って気ままに書き綴って来ました「日々雑感」。どうやら太鼓団体の上層部メンバーだけじゃ無く、一般会員さんの中でも読んでいらっしゃる方が居るような気配を感じます。 別に良いんですけどね〜くれぐれも個人的な視点での意見であって、公的な意味合いで受け取られると困るかもね。6(-_・;) または、何かをこの場に凄く期待されても私はプレッシャーに感じるだけだろうな〜ヽ(´o`;)ノ 本当に文字だけの世界は怖いのですよ。私がここに書いたことは、受け取る側でいくらでも都合よく脚色しては理解することも考えられます。先日も明らかに私が発した言葉をそのまま使っている(本当は偶然かも)のに気づいたのですが、経験も視点も違うので全く説得力が無かったですね。 だからと言って、私の発言も決して誉められたものばかりで無いことも解った上で、自己責任において充分注意しながら運営しているのです。 やっぱ、ぼちぼち潮時なのかな〜?(´ヘ`;) と弱気になりながら、先日の出演で使った締め太鼓のバチと大太鼓のバチは、全部正月に削ったものだったのですが、本番中に折れることもスッ飛ばすこともなく初演を飾りました。締めバチに関しては、従来のものより5センチ強短くなり明らかにパンチ不足を感じています。しかし、それはこれまでがバチの長さを利用した奏法で落ち着いていただけのことで、今後の腕の使い方のヒントは、実のところここ数回の練習で掴んでいます。 重さや長さに助けられていた(頼っていた)奏法を改め、スピードアップが肝と言えそうです。余談ですが、馬皮の担ぎ桶なんかではスピードの違いがもろ音に表われますから、昔から理解してるつもりだったのですが。 担ぎ桶と言えば、一般的には左手が難しいとおっしゃる方が多いようですが、私は意外や意外利き腕である右手の方が難しいと思っているのです。 何じゃかんじゃ言ってて、今日のトップ頁も長っ!(;^_^A
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| 2005.1.12 | 太鼓の感動ポイント1 (平成17年1月12日) 私達の組織には、日頃運営部があれこれタッチせずとも上手く運営されている青年部と婦人部があります。婦人部を一般クラスに統合するような話も一時期聞かれたのですが、単なる噂で終わったような気がしています。 以前は、婦人部から何人か一般クラスの練習にも参加していたのですが、いろんな事情からでしょうか自然に足が遠のいてしまわれたようです。 前に「一般クラスはレベルが高い」とか「練習が難しくついて行けない」とある方に言われたのですが、それは一概にどうだろうと思いながら、私の考える太鼓演奏の一番重要な部分、つまり、楽しそうな表情であるとか一生懸命な姿というのは、断然彼女達の演奏の方が上だと思っています。 それは、青年部とて同じことが言えますし、加えて“男の味”といった部分でも数段魅力的なのです。身近なところでは、熊野の鬼城太鼓さんや遠くは、湯布院の源流太鼓さんに通じるものがあると私は思っています。 さて、指導部と言われる私達が、子供から成人までの一般会員さんに具体的に教えられるのは、既存の曲の打ち方や練習方法であって、気持ちを入れるか入れないか、楽しいと感じるか否かは個人個人の問題なのです。 私の場合極端な話、楽しいと感じられなくなったら太鼓を叩くことを止めるでしょうね。曲ありきの太鼓じゃなく気持ちありきの演奏が肝です。 |
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| 2005.1.13 | 休止のお知らせ (平成17年1月13日) 思えば遠くへ来たもんだ〜じゃないけど、長きに亘って個人的な視点から「日々雑感」と称しては、趣味の和太鼓の取り組みを題材の中心に据えながら、気ままにあれこれうんちくをたれて運営して参りました。 この度、個人的に思うところもあり一部閉鎖になるか、全面閉鎖になるかは決めておりませんが、今までどおりの運営は休止することにいたしました。徐々にコンテンツを整理して行くでしょうが、この場に書き綴った言葉の責任は、良きにつけ悪きにつけ逃れるつもりはございません。 ここを始めた頃に近い気軽な気持ちの独り言は、番頭のしゃべログとしてしばらくは続けてみようかなと思っています。 今まで、こんなマイナーなホームページにご訪問有り難うございました。 また、ネット上に限らず、今後も引き続き変わらぬご愛顧、ご指導ご鞭撻賜りたく存じます。直接お会いした時は遠慮なさらず声を掛けて下さい。 |
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