Every Day 〜日々雑感〜


 2004.9.1          
 皆が楽しめる太鼓か〜
(平成16年9月1日)

先日、太鼓連盟の講習会を受けて「余裕ですよね?」と、いろんな人に声を掛けられたのですが、私は別の部分で一杯一杯になっていました。

当然始めての参加でしたので、5級の基本講座になる訳ですが舐めて掛かる気持ちは毛頭ありませんでした。自分がすでに身に付けていることや知っている理論について、一つ一つ確認する気持ちがあったからです。

確かに、普段自分が打つ打ち方をかなりセーブしなければいけない部分も多かったのですが、それは私が身に付けたある意味発展したスタイルであり、極々基本的なことが要求されているのだと容易に理解していました。

会場内の小さな子供から最近太鼓を始めたであろう若者、それにかなりご年配のご婦人方と老若男女の万人に指し示す打ち方なのだということを。

各地の太鼓で叩き方は違えども、定期的に頭をリセットしてこの様な機会を利用するのも面白いとは思いました。人それぞれ考え方次第ですね。

常日頃、子供達や大人の方々に示す打ち方ですが、実のところ指導メンバーでもバラつきが出てる気がするのですが、如何なものでしょうかね〜。

うちらの太鼓は、大筋ではこんな打ち方ですとは指導しても、細かな部分は個人の癖や年齢的な部分もあるので、拘っていないと思うのですが。それこそ、個々のメンバーが目標とする指導者の姿を自然に追いかけて、身に付けていけば良いのかも知れないですね。不調和な統制美も味の一つ?


 2004.9.2
 岐阜の出演を振り返る
(平成16年9月2日)

昨夜は木曜定期練習でした。その時、先の出演の感想を子供達の練習指導のため残った先輩から求められました。「岐阜の出演はどうやったん?」

たまたま、私ともう数人のメンバーしかその遠征組みでは無かったのですが、コンクールの予選を勝ち抜き、本選に出ようと頑張る子供達の上手さというか勢いは感じたと報告しました。その姿勢は私達でさえほとんど経験しないし、ましてや、私達の子供クラスに限っては同じ年代のはずですが、その感覚の違いはかなりヤバイと感じずにはいられませんでした。

子供達のモチベーションを上げるのも、今まで思いもしなかったことを教えるのも私達指導部の責務でしょう。これまでコンクールの類には興味を示さなかった会の方針でしたが、子供達の成長のために、あえてその道に踏み込むことを前提で動き出している部分もありますが、まだまだです。

ゲスト枠で演奏した私達を観た彼らの目は、「凄いね〜この人達」という目をしていなかったのかも解りません。恐らく、彼らが指導されてきた過程を基準にするなら、私達の演奏も「珍しいものを観た」くらいの感想しか持ってもらえなかったのかも知れないのです。う〜ん、胸中複雑。

ここ近年、日本太鼓連盟がタッチするイベントに参加する機会が増えています。そこでは、明らかに私達の方が学ばせていただいているのです。良きにつけ悪きにつけ“井の中の蛙”だったことを思えば、大躍進だよね。

お客様の視点で私達の演奏を観たいのですが、撮影したビデオなど今のところ入手出来ていないので、入手出来次第入念に振り返りたいものです。


 2004.9.3
 やった分だけ喜べる?
(平成16年9月3日)

私が個人的に関わるユニットで、明日、明後日と日本太鼓祭に参加して来ます。そこでいよいよデビューしちゃうのです、生まれ変わった桶胴が。

初陣を前に記念撮影。周りの景色を映り込ます程に黒光りする漆も大満足。本当にこの祭りに間に合わせようと苦労した甲斐がありますね〜。

しかし、どんな音色を響かせるかは実のところぶっつけ本番なのでした。なぜなら、私自身日常的には担ぎ桶胴太鼓を練習することが出来ていないので、未だにバチでもってガンガンには叩いていないのでした。(^^ゞ

限られた出番の中で、太鼓の鳴りも演奏自体も楽しめれば良いかなって思っています。このユニットで打ち鳴らす演奏は、普段の太鼓活動とは趣が全然違いますし、充分に練習をこなしているかと言えば、正直皆無です。

全国各地に散らばるメンバーが伊勢の地に集結し、ここ一発の集中力でもってメンバー全員の熱い想いを太鼓の音に変えて演奏することでしょう。

“打てば響く太鼓の心”届けあなたへ!(我ながら名言だね)

いよいよ初陣!(*^-^*)

新生馬之介デビューの時。

 2004.9.5
 幸運な偶然
(平成16年9月5日)

伊勢で行われました日本太鼓祭。私は、ネットユニットの仲間と共に演奏の機会をいただき楽しんで来ました。私以外は遠路遥々大移動の訪県だったので、最終日に予定されていたであろう打ち上げには参加出来ず、その代わりにと初日の夜に一部の出演者との宴を準備していただいてました。

そこで、多くの方から同じ様な質問を受けたのですが、なかなか返答に困るというか納得していただけそうに無い言葉しか準備出来ないでいます。

「何が切欠で結成され、どうやって練習しているのか?」

結成の経緯としては、ある太鼓情報サイトで意見交換していたことが切欠であること。練習方法は年に数回の合宿を行い、それに参加出来なかったメンバーには映像などによる自主練習しかないということ。さらに、ほとんど全体練習が出来ない状態で、ここ一発の本番に臨む集中力の大切さ。

地域に根付くという太鼓団体の一つのセオリーを覆すこのユニットは、単に無謀な構想の様にも思われますし、私も無謀だと思って(爆笑)今までやって来ましたが、何とも言えない楽しさが最大の魅力と感じています。

このユニットメンバーの半数は地元でも太鼓に関わり、残りのメンバーは純粋にこの仲間としか太鼓を楽しめないでいますが、太鼓に対する温度差はほとんどありません。西日本で唯一の生き残りである私は、年に一回か二回しか会えない訳ですが、幸運な偶然に巻き込まれた一人なのでした。


 2004.9.6
 熊野、大阪、岐阜を振り返る
(平成16年9月6日)

この夏の三大イベントを反省すべく、漸く自分達の演奏映像を拝見することが出来ました。取り分け私は、大太鼓正面打ちの曲を中心にチェック。

自分では、「まだまだだ」と思っていたものを始めてお客様の視点で間接的に観ることが出来て、当然まだまだではあるのだけれど、自分で思っていた以上には叩けていたのかなと、意外な結果に少し驚いています。

その代わりといっては何なのですが、以前から慣れ親しんでいる曲に関しては、いろんな欠点と改善点が一目瞭然で、課題が山積みなのでした。

まずは何から修正していくべきか、早急に対応して行きたいと思います。

なぜなら、不慣れな大太鼓正面打ちにばかり気を取られ、日常的なスキルをお座成りにしていたのでは無いかと深く反省しているからです。

新しい表現を完成させるのに要する時間の中で、今まで出来て当然のことが出来ていなかった事実は大きなマイナスです。かなりヤバイ状態です。

夏の連戦で得られた反省材料は、この秋からの更なるイベントシーズンに向けて、確実に克服していかなければならないでしょうね〜ヽ(´o`;)ノ


 2004.9.7
 桶胴太鼓には目が無い私
(平成16年9月7日)

先日の伊勢で行われた「日本太鼓祭」の一日目が終わった時、スタッフが慌しく動き回っていました。神宮鳥居前の野外特設ステージの演奏で、この日に合わせて納品されたばかりの大太鼓を濡らせてしまったそうです。

神恩太鼓の持ち物か、近藤克次さんの持ち物かは解りませんが、一日目のフィナーレを飾る神恩太鼓の演奏の終盤で雨に降られたそうです。

日中のゲスト陣の演奏では全く雨の心配は無かったのですが、最後の最後にやられちゃったとのことです。日頃の行いが何とやら?\(~_~;)

冗談はさておき、水気をタオルで拭き取り扇風機を何台も使って乾かせてる真っ最中だったのです。そこで再会しちゃいました。憧れの人に?

いやいや〜私が個人的に恋焦がれている大締め太鼓と瓜二つの桶胴太鼓を発見したのです。今となっては定番の商品になったそうですが、このサイズの大締めは最初個人のオーダーにより作られ、次第に認知されていって人気が出たと聞いています。そこの太鼓屋さんの従来のセオリーを覆した要求だったそうですが、私個人のツボにも見事にはまった太鼓なのです。

是非、うちのチームにも買って欲しいと思うサイズなのでした。(^^ゞ

 

左が桶で右が刳り貫き、まるで二卵性双生児?
 

短胴のマホガニー色だ!
あれあれ?これって・・・
 

克次さん曰く、大きさは3尺5寸とのことでした。

 2004.9.8
 桶胴太鼓の胴の膨らみ
(平成16年9月8日)

「和太鼓」と言えば、樹を刳り貫いた胴を用いた長胴太鼓が直ぐに思い浮かぶのですが、この長胴太鼓の胴は必ず中央が膨らんでいるのです。

解りにくいとは思いますが、附け締め太鼓の小さな刳り貫き胴にも桶胴太鼓の大きなものも小さなものも僅かながらも中央に膨らみがあるのです。

おおむね私の知る限りほとんどの太鼓の胴がこの様な形状をしています。

この膨らみの有無で、どれほどの違いがあるのか正直なところ解りませんが、何らかの効果があり太古の昔からこの様な形をしてると思います。

自作太鼓が盛んになり数年が経ちますが、皮を除く締め太鼓の製作が思いのほか身近になってきました。中にはすべての工程を自作される兵も。

昨今、担ぎ桶の人気上昇に胴の部分の研究開発がなされ、素材や形状が急速に進歩している様です。そんな動向を知る中で、調べ緒が出来るだけ胴に干渉しないように気を配るなら、胴の膨らみはもはや不要なものなのかと、何となく腑に落ちないながらも理解しようとしている自分が居ます。

胴の膨らみの有無と調べ緒が胴に干渉するか否か、メリットとデメリットはどっちもどっちの様な気がしてるのですが、いかがなものでしょうか。


 2004.9.9
 組太鼓のメソッド?
(平成16年9月9日)

出演に追われた夏も終わり、再び組太鼓のお遊び打ちに使えそうな手が頭を過ぎる。っていうか〜良く聞くフレーズなのでしょうが、「自分ならこう叩いてみるかな」とか、「こう叩けばこちらの手がフリーになるな」とか、考えようとして考えるのではなく自然に頭の中に思い浮かぶのです。

昨年、英哲型の桶を買ってもらったので、多面打ちを練習しようとする動きは積極的になってきたと思います。世間の太鼓団体に目を移しても、必ず組太鼓パートが鎮座してることが多くなりました。今の流行ですかね。

なかなかこの組太鼓パートは、様に打つことが難しいと思うのですが、各個人が得意なパターンを多く見つけて叩き込むのが近道かと考えてます。

正直なところ、空いた時間を狙って組太鼓の練習をしようとしても、特段必要に迫られていなかったりするので、ややもすると自己満足の練習に映りがちに思えて、恥ずかしさは隠せないところですね。(私の場合は)

ところが・・・

「あのパートには誰々さんが居るから、私はそれ程出来なくてもいっか」

何て言い訳を作ったりして、マイナスの自己暗示を掛けてるのは意外と自分の方だったりするのです。その辺の感覚を麻痺させない限り、新しいことに踏み出すのは時間が掛かります。後になって振り返ってみると、無駄な時間を過ごしてしまったと後悔することも多いような気がします。


 2004.9.10
 遅々として・・・
(平成16年9月10日)

ある人は言いました「上手くなりたかったら俺の映像から学べ」と。

その方は太鼓奏者では無いのですが、確固たる自分を完成の域まで高めた自負があるのでしょうか。当然、逸早くDVDにして販売されています。

今も根強いと思われるのが、記録媒体でもって演奏映像が流出すると、テクニックや曲調を真似されてしまうという考え方です。もっともなのですが、それ以上にリリースを純粋に待ち望むファンも多いと思いますが。

かつての私は、太鼓関係のCDやらビデオを根こそぎ買っていた時期がありました。ほどなくして落ち着いたのは言うまでもありませんが、あまり知られていない様な人までリリースしてることが珍しくなくなりました。

以前とは比べ物にならないくらいに、自主制作でも販売し易くなったと思います。また、レコーディングの方法に拘らなければ、そこそこのロット数で必ずペイ出来ると、そういう業界の情報もかつて手元にありました。

プロの太鼓奏者と言っても考え方も様々なことでしょうが、先にも書いたように「知らないな〜この人達」という人ほど、すでに何枚もCDを販売してたりします。身近な友人や知人、それにライブに来た人に買ってもらうことで、少なからずも財源を確保していこうと貪欲なのだと思います。

そんな若き奏者に温かい視線を送りつつも、本当に欲しいと思うものを吟味していたり、すでに虜になっている奏者のリリースを待ち望む私です。


 2004.9.11
 楽しむ太鼓
(平成16年9月11日)

うちの一般クラスでは、楽しもうと思う深さは人それぞれなのですが、おおむね浅い部分で満足する人というのは中太鼓を好むように思います。

「太鼓と言えばこのスタイル!」もっともな傾向でしょう。しかし、いつもいつも同じ太鼓ばかりだと飽きてくるのは私だけの性分でしょうかね。

キャリアが長くなれば、いろんなパートがこなせられた方が楽しいと思うのですがね〜。当然、年々少なからず新人さんが加入してくるわけですから、先輩格の人は徐々に慣れたポジションを譲るゆとりが欲しいかなと。

その為には、日頃から締め太鼓であれ大太鼓であれ興味を示し、次の目標設定を自分の中でキチッと決められる人が、伸びているように思います。

これから秋のお祭りに向けて練習に熱が入ります。熾烈なポジション争いが繰り広げられるほどに誰もが奮起すれば面白いのですがね。

「うお〜ここのポジションは絶対に誰にも渡さへん!」

「あの人は上手くなったから取られても仕方ないわ〜私も頑張ろ!」

何て、耳を澄ませば心の叫び声が聞こえてきそうなくらいに・・・


 2004.9.12
 急速に飽きてきた自分
(平成16年9月12日)

ここ最近、好きな奏者のビデオ漬けの日々が続いていますが、ダメだ〜もの凄く惰性的に観てる自分が居ます。軽いノイローゼ状態かも?(´ヘ`;)

しばらく観るのを止め様と思います。何事も適度な刺激がよろしいかと。

自分達の演奏でもそうなのですが、「チャレンジパート」と一部の人間では呼んでるのですが、従来固定されていたポジションで無い所を本番に向けて指名されるのです。一見すればぶっつけ本番に近いのですが、そこを任されたメンバーは適度な焦りと緊張感が自分を育ててくれるでしょう。

前から言ってますが、「ここのパートは絶対にあいつでなきゃダメだ」と信頼されることも大切ですが、時には「あいつならここも任せられる」と思っていただけることも、同じくらいに重要であると考えています。

自分達が、固定されたポジションで知らず知らずのうちに満足することの危険性の回避にも役立つし、いつも同じ顔ぶれだという観衆サイドの声も聞こえてきそうな予感がしますから、適度なシャッフルは今後も大歓迎。

余談ですが、すべて女性バージョンの演奏は経験があるのですが、すべてを男性だけで出演がこなせられるのか正直怪しいところです。(;^_^A

本番は無理でも、時間がある時に練習でしてみるのも面白いでしょうね。


 2004.9.13
 樽型かストレートか?
(平成16年9月13日)

今、私の中で新たな研究テーマが見つかりました。少し前からこの場でもちょこちょこ触れていましたが、桶胴太鼓における胴の形状の違いです。

材質や組み立て工程に拘らなければ、大きく二つのタイプしか無いと思います。一つは、太鼓と言えばほとんどがこの形状と言えるほどのオーソドックスな形、中央に膨らみがある仮に“樽型”としておきましょう。もう一つは、時々桶胴太鼓に見られるのですが唄口から唄口までがストレートな形です。この形の違いによる音への影響はどんな感じなのでしょうか?

普段から使う英哲型の桶は、樽型です。もっとも、刳り貫きの長胴のように明らかに中央が膨らんでるのでは無く、僅かに膨らんでいるだけです。

それを叩くとやはり残響が感じられるので、好みにもよるのでしょうが桶の膨らみというのはあった方が良い様に思うのですが、真相は如何に?

私の中でも以前の考え方とは変わり、経験的に太鼓の鳴りを左右するウエイトの多くは皮にあると思っています。それとは別の部分で、胴の材質や胴の形状、唄口の処理というものでも何かしら差が出ると考えられます。

ストレート形状の桶をそれほど叩いたことが無いのですが、「パーン」といったところでしょうか。片や樽型は、「パーゥン」と表現しますかね。

まあ〜演奏中というのは、様々なリズムが溢れているわけですから、いちいちこの音の残響がどうとか、あの音の残響はどうとか聞き分けていないので、両者の違いが演奏に大きな違いを生むとも考えられませんがね。

何かご教授いただけることがあれば、是非ともお教え願えれば本望です。


 2004.9.14
 再びチャレンジパート
(平成16年9月14日)

来る出演依頼に向けて、またしても“チャレンジパート”を仰せ付かりました。この出演は舞台の都合上少数編成で臨むことになり、参加出来ない先輩に代わり先日の練習時に私が指名されたのです。取り敢えずかな?

残り数回の練習で完成形に持って行かなければ、皆に迷惑が掛かってしまうので焦りと緊張感は隠せませんが、何とかなるだろうとその状況を大いに楽しもうと思っています。相変わらず天性の楽天家でプラス思考の私。

その曲は、大阪での演奏に間に合うようにアレンジを仕上げた曲だったのですが、大太鼓はほとんどがアドリブだった様に思います。当然、基本となる楽譜はありますが長い間演奏していませんでしたし、元々が演奏する機会の少ない曲でしたから、メンバー全員で練習した記憶がありません。

笛の旋律におかず的に重低音を重ね、締め太鼓と組太鼓との調和に神経を使います。楽譜は無いけども先輩が実演した手数があるので、雰囲気は出来る限りそれを参考にしたいと思っています。それと、この種の演奏では定番のソロ回しもあるので、またまた即興演奏的に楽しめると思います。

大人数での演奏が私達の持ち味でもあるのですが、少数編成での演出にも対応していかなければいけません。余程広いステージが準備されない限りは、これまで私達が得意としていたパターンでの演奏は少なくなるかな?


 2004.9.15
 プロモーションアルバム?(平成16年9月15日)

先日、友人の邦楽ユニットが自主制作したというライブCDを分けてもらいました。試験的に製作したということですが、音源はさておきなかなかの出来栄えに感心してしまいました。さらに、数日前にこの場に書いた話題に偶然にもマッチしてたりして恐縮してしまいました。(^凹^)

最近の定番路線としては、横笛、尺八に津軽三味線、中にはマリンバなどのメロディー楽器と、ドラムセットのように様々な太鼓を並べた組太鼓のセットで創る音楽だと思いますが、彼らもまたそんな中の一組です。

結成間もない頃に一度聴いたっきり、なかなかそれ以降は彼らのライブを聴けずにいましたが、今回いただいたCDで上手くなってるというか(私に言われたくないでしょうが)音楽的に一皮剥けてきたように感じました。

少数ユニットだからこそ、本気で創ってるという気持ちが顕著に表れている演奏でした。元々が実力派のメンバーばかりでしょうから、その創作過程はさぞや楽しいのだろうと想像しております。羨ましいよね〜。

私が現在携わる太鼓音楽は、ひょっとすると少し前のスタンダードだったと思う時があります。勿論、今後も楽しみ精進しようとするスタイルではありますが、少し違ったアプローチも機会があればドンドンやりたいね。

第三世代へ・・・携帯電話じゃないけどもその波に呑まれたいと思う私。


 2004.9.16
 プロモーションのため?
(平成16年9月16日)

片田舎に住む私にとって実感はなかなかありませんが、「たくさんの太鼓グループが誕生しては同じ数のグループが消滅している」と聞きました。

もっともこの言葉に根拠があるのか無いのか、そこまで裏付けて理解する気はありませんでした。ただ、そのような状況が容易に起こり得ることは感覚的にはうなずけました。地域によってもその要因は様々でしょうが。

最近の若いグループは、自分達の存在を知ってもらうためでしょうか、積極的に太鼓コンテストのような場にチャレンジしては、活躍されているようです。「○○コンテスト第何位」というのは、絶好の足跡ですよね。

コンテストなどへの参加については、私も以前の考え方を改めた人間ですが、それでも、至る所で同じ様な顔ぶれが毎回揃うというのも、何だかなって思います。積極的に頑張るグループの努力の結果なのは解りますが。

解ったようなことを話題にしたところで、私自身そこに登場するすべての団体の活動理念やら成り立ちやら知るはずも無いので言い過ぎてますが。

「コンテスト上位入賞を目指して頑張る」全くそのような理由でもって私は太鼓を叩いた経験が無いので、想像を膨らませる未知の領域なのです。


 2004.9.17
 偶然出てきたビデオテープ
(平成16年9月17日)

ひょんなことから古い太鼓のビデオが出てきました。今から4年以上前のものでした。その中のある曲で、そこに映る先輩の背中を観てるうちに、自分の解釈の違いというかイメージの貧困さに幻滅してしまいました。

その曲での櫓大太鼓デビューはしていないのですが、これまでにも練習中には何度かチャレンジしていたポジションです。しかし、今ひとつ正解が無いというか、個人の裁量に任されている部分が多く悩んでいたのです。

同じ曲であっても、4年前と現在では変更した手順も所々ありますから、大筋の表現としてはその先輩の動きを大いに参考にしようと思いました。

果して、グループの若い世代が伸びてきて私の映る映像を観た時、「この先輩を真似てみよう」と思ってくれる演奏を今してるのかな?(´ヘ`;)

今最大の悩み事としては、当然、伸び盛りの中高生に期待を注ぐわけですが、うちらのスタンダードな叩き方が他では通用しなかったりとか、何が全国標準の基本で何が個性なのかが明確では無いような気がしています。

もっとも、無理に線引きしようとは思いませんが、使える情報とそうでない情報も個人差が出てしかるべき、すべての情報なり知識なりを提供した上で、自分達で考えさせるということも必要な時期なのかも知れないと。


 2004.9.18
 腰痛再発!?(´ヘ`;)
(平成16年9月18日)

およそ一週間様子を見ていたのですが、とうとう我慢出来ずにお医者さんに診てもらいました。原因は日曜練習での太鼓の上げ下ろしだと自覚しています。腰痛といっても激しい痛みでは無くドンヨリと重い違和感です。

これまでも、少々のことならインドメタシン10mg配合の軟膏で誤魔化していたのですが、残念ながら今回は全く効き目がありませんでした。

思えば、七年ほど前に「椎間板ヘルニアを起こしかけているから、日頃からの注意が必要」とは診断されていましたが、やっちゃいましたかね。

日常生活にはさほど支障はありませんから、今の時点では特に焦ってはいませんが、それなりの年齢に差し掛かる方はご自愛下され〜ヽ(´o`;)ノ

自分の腰痛もさることながら心配なのが、うちの団体の英哲桶の箍の緩みです。今のところ1本だけですが、購入した時期と使用頻度が同じ他の桶胴太鼓も気掛かりです。しかし、自然に生じる緩みであれ余りにも早過ぎる様にも感じずにはいられません。そんなものなのでしょうか?6(-_・;)

箍の緩みというのは、従来の桶胴太鼓であれば避けて通れない問題だと思います。当然、太鼓の使用頻度であるとか保管状況であるとか、はたまた桶を作った職人さんの製作過程にも大きく左右されると思っています。

私個人としては、桶といえば箍の存在なしには語れない性分ですが、そもそも箍を必要としない工程で胴を作る素晴らしい職人さんの存在も知っています。箍が外れたり緩んだりということを先で心配するくらいなら、最初から新しい工程で作られる歴史の新しい太鼓もお薦めだとは思います。


 2004.9.19
 大太鼓を伝授?
(平成16年9月19日)

ここ2年ぐらいの歳月を費やし、漸く今年の夏前に完成形に仕上がった曲があります。その当面の完成したスタイルになってから大太鼓は、私が担当させていただくことがほとんどでした。思えば、ソロ回し以外はさらりと手順が決まったり、個人の裁量に委ねられたりで難しくはありません。

今回始めて別のメンバーに大太鼓パートを教えましたが、案の定手順を伝えるのはさほどではありませんでした。しかし、後はそこを担当する人間が如何に他のパートとの意志の疎通を背中で感じることが出来るかというのが、最大の難点でありそういった空気が作れるかが魅力の曲なのです。

何度か本番で演奏してる私でさえ、まだまだ発展途上ですから今後の演奏チャンスに是非とも奮起したいところです。上手く言えませんが、ここ一発の集中力を備えるには自分の追い込み方を知ってる人間が有利かも知れません。今回伝授した切欠は、そのメンバーの結婚披露宴での演奏の見せ場にしたいからです。ゆえに、非力な私でも伝える努力は惜しみません。

ここ最近になって、自分の演奏を反省出来るだけの撮影映像がチラホラ観る機会がありましたが、私の手元には一向にありませんので、早急に撮影された方にダビングをお願いしようと思っています。そうなったらしつこい私ですから撮影者には今のうちに覚悟してもらいたいところです。(笑)

意外とあっと言う間に、この秋の演奏シーズンも駆け抜けて行く様な気がしています。悔いが残らない様に精一杯頑張りたいと思います!ъ( ゚ー^)


 2004.9.20
 お互い様
(平成16年9月20日)

次回の演奏に備えて先輩からビデオテープを借りることが出来ました。そこに映る先輩をモデルにイメージを掴む為です。やはり、借りて正解でした。そこには、どうしても解らなかったり、何となく疑問に感じていた部分のヒントが映っていたからです。また、同じ演奏の中に後輩メンバーが覚える曲が収められていますから、今の段階での貴重な教材ビデオです。

今年の夏、大阪城のイベントに間に合わせるように作り上げて来た、二つの演奏パターンはこれからも大活躍しそうです。また、メンバーの入れ替わりや増減にも柔軟に対応出来る様に大切な指針になることでしょう。

なんて大袈裟なことを言ったところで、これまでにも何度と無く演奏してきた曲がほとんどですから、メンバーの能力を信じれば大丈夫でしょう。


 2004.9.21
 冬ソナ
(平成16年9月21日)

友達がDVDを貸してくれました。ご丁寧にも「韓国版字幕のノーカット版を貸そうか?」という友達もいますが、手元の日本語版を観ています。

世間では「ヨン様、ヨン様」と社会現象を巻き起こし、小泉首相さえヒロインの女優と会っていたようなことをニュース番組で観たような・・・

もう一人の俳優さんもしばしば日本のテレビ番組に登場しては、ブームに乗って荒稼ぎしてるようにも映ります。何なんでしょうね〜ヽ(´o`;)ノ

そんな私もドップリと物語には引き込まれていますが。(^凹^)ガハハ

物語の序盤で主人公の男性が交通事故で死んだのですが、目ざとくも「なぜ葬儀のシーンが無いのだろう?」と。そして、第八話が終了した時のこと。「10年間も母親が息子の死を知らないわけは無いよな〜ひょっとして同一人物ではないのか?」と疑い始め、「10年前の事故で記憶喪失か何かになりながらも生きていたのではないか?」と仮説を立てています。

遅れてやってきた私の中の“韓流”ブーム。真相はいかがなものか?

ストーリ展開のテンポ感の良さが観やすく、DVDというのも便利で空いた時間に気軽に楽しんでいます。まだまだ残りは半分以上ありますから、どのように話の内容で私を楽しませてくれるかは解りませんが、当分の間は、秋の夜長の酒のつまみは“冬ソナ”一色に染まりそうです。(^^ゞ


 2004.9.22
 ウォーターボーイズの戦いを観て
(平成16年9月22日)

昨夜、途中からの観戦でしたがテレビから流れる男子シンクロ版ダンス甲子園のような大会を観ていました。今が旬だよな〜と思いながら・・・

西日本をAブロック、東日本をBブロックとして予選を行い、共に1チームが勝ち上がり、そのブロック代表が最終決戦で再び予選と同じ演舞を行い“初代ウォーターボーイズチャンピョン”を決めるという大会でした。

テレビ番組としての作り方云々は抜きにして、華麗なジャンプ技を得意とするチームと潜水時間の長いフラミンゴの様な足技を持ち味とするチームが印象的でした。しかし、ジャンプ技を得意とするところはそればかりに頼り過ぎていて、全体の構成は非常にあまかったと感じました。

華麗なジャンプ集団は苦しくもAブロック予選敗退。そこを破り決勝にコマを進めたのは、ジャンプ技に秀でた選手が居れども全体の演舞に工夫を凝らし、得意のジャンプ技はここ一番の見せ場を準備したチームでした。

そして、決勝戦ではフラミンゴの様な足技を得意とするBブロックの代表と激突したのです。結果から申せば、フラミンゴ軍団もAブロック予選に登場したジャンプ集団同様に、長所を活かし得意な分野を多用した演舞でしたが、全体的な構成ではまだまだ改良の余地があると思いました。

素人の私が観て感じたことはズバリ結果にも表れていました。勿論、偶然のことでしょうが、こういうのってどこか太鼓の表現にも似てますよね。


 2004.9.23
 次の担い手
(平成16年9月23日)

今和太鼓はブームなのでしょうか?私的にはかなり返答に言葉が詰まってしまうのですが。太鼓好きや関係する人の視点と全くの大衆の視点では、その感じ方にはムラがあると思います。当然地域によっても・・・

いつだったか、どこでだったか定かではありませんが、ある方の手記のようなものを読みました。記憶もうろ覚えで申し訳ないのですが。

今から15年ほど前のこと。時の首相が地域復興の起爆剤に“ふるさと創生資金”をバラ巻き、そんな時代に地域色の強い和太鼓グループの誕生は加速して行ったそうです。しかし、長い年月が経過した今、そのような団体の多くが次の担い手の人材不足に困惑しているというものでした。

「景気付けにドド〜ンとやっちゃって下さい!」地域のお祭りに無くてはならない鳴り物としての太鼓は、姿を変えようとしているのかも知れません。太鼓好きから派生した小回りの利くグループの誕生。都会のストリートでは、津軽三味線や和太鼓のパフォーマンスも珍しく無くなりました。

かつて、若者の憧れの先にロックバンドがあったように、今は和太鼓奏者としての選択肢は間違いなく増えたと思います。また、プロを目指すにしても他の音楽に比べると比較的プロには成り易いと感じます。当然、食える食えないの話は別の問題として、無視の出来ない重要な要素ですがね。

“和太鼓”を一つのキーワードに、すべてをひっくるめて答えを出すことは出来ませんが、村おこし的な背景のある太鼓は衰退の危険性も示唆されるわけですが、新生の団体がまたその地域を支えることも考えられます。

はたまた“音楽性”や、大袈裟には“芸術性”を求めるグループの勢いも感じていますし、アマチュアだプロだと分け隔てなく“舞台芸能”としての和太鼓音楽は、まだまだ成長著しい発展途上の分野だと思っています。


 2004.9.24
 おかげ横丁速報!?
(平成16年9月24日)

下記のスナップは、千葉県からお越しの藤川様からお送りいただいたものです。何とこの方は、四月の成田太鼓祭で知り合ったアマチュアカメラマンなのですが、遠路遥々伊勢の地まで応援に駈け付けてくれたのでした。

その他にも神奈川県から応援にいらっしゃった方も居ました。不思議なご縁が広がり、関東方面では大人気のユニットだったりするのでしょうか。

写真もそうですが、我々が演奏中にもビデオカメラを構えた方が沢山いらっしゃいました。何とかその映像を入手出来ないものかと思うのですが。

それはそうと、この時に新生馬之介を叩いた感想はどうであったのか?

まずは胴の鳴りに関しては、以前使っていた桶の感触とほとんど変わらなかったと思います。他のメンバーと比べて特に差は感じませんでした。外観はといえば、個人的に漆の塗りに拘ったので一人だけ浮いていた様ですが、必要であればメンバーもメンテナンスがてら胴を塗ることもあるでしょうからさほど気にはしていません。また自然な風合いも良いものです。

実は、二日間の演奏終了後に気づいたのですが、漆の剥がれた箇所を発見してしまいました。恐らくこれは、板と板の目止めに施したとの粉の乾燥が悪いまま漆を塗ったので、叩いた振動によって細長く剥離したのだと思います。パテやとの粉の乾燥に注意を払うべきでした。後悔先に立たず!


 2004.9.25
 苦渋の決断
(平成16年9月25日)

七月に申し込んでいた旭高原でのイベント参加を前提にしたWSをキャンセルしました。日曜日は基本的に地元の太鼓練習日ですが、欠席を申し入れ第二回目のWSに臨む予定でしたが、二週間前に痛めた腰の回復が思わしくなく、今の状態では一日桶胴を担ぐのは不可能だと判断しました。

それと、そのイベントの当日参加についても地元のスケジュールとブッキングした為に早々に諦めることにしていました。イベント自体興味ある企画でしたが、地元あっての太鼓ライフだと常々思っている私に、今回の個人活動は封印するのが得策と考え決断しました。せめて、WSの受講だけでもとギリギリまでコンディションを調整していましたが無理でした。

最近、グループの中でも外に目を向けた行動に理解は示していただいていますが、時と場合によりけりと申しましょうかスケジュールの動向には細心の注意を払っています。お互いの気遣いは最低限のマナーでしょうし。

私の知人の中にも太鼓関係の講習会やコンサートを積極的に楽しみたいが為に、日常的にグループに所属し活動する太鼓を敬遠されている人がいます。私はそういったスタンスも充分理解しているつもりなので、時々羨ましくも感じられますが、私は私の環境の中で楽しもうと思っています。


 2004.9.26
 今年の迎月は・・・
(平成16年9月26日)

毎年この時期になりますと“迎月の宴”と称するイベントに、地域の芸能として私達の太鼓も演奏させていただいております。今年もまた砂浜に特設された能舞台で、メインの能の前の時間枠での披露となりました。

演目は、「KIBA→早→笛と太鼓の曲→奈良尾」の流れを準備し行いましたが、砂の浮く舞台での演奏は踏ん張りが利かず、最後の横打ちはかなりキツいものがありました。しかし、砂の有無に関係無く身体能力の衰えを感じずにはいられませんでした。腰のコンディションを言い訳にしたところで始まらないのは、自分自身が一番良く解っている現実なのでした。

私達の演奏前に少しパラついた雨が、演奏終了後の太鼓の片付けの際に本格的に降り出してしまい、砂浜での催しは、地元の実行委員会が早期終了を決断されていました。雨乞いの太鼓では無いのですが残念な結末です。

私達は、時間の許すメンバーで夜の街に反省会に出掛けたのは言うまでもありませんが、酒にめっぽう弱い私は早々に退散しましたとさ。(^^ゞ


 2004.9.27
 密かな野望?(´ヘ`;)
(平成16年9月27日)

「野望」何て言葉が適切なのか解りませんが、大所帯である我々の団体の方向性を大胆にも占うというか、アイデアを捻るというか、勝手に論じるというか、相変わらずの雑感と称する私の独りよがりなのですが・・・

習い事の成果発表と太鼓の出演は似て非なるところがあるのですが、子供から大人まで多くの会員は「私達の太鼓=習い事」と捉えていると感じます。勿論、それが間違いとは思わないのですが、自主公演であるとか自発的な発表の場で無いところでは、演奏する側の責任の重さも違うと考えます。つまり、自己満足だけでは聴衆に何も伝えることは出来ないのです。

看板を背負って舞台に立つ時の心構えとそれに至るまでの心掛けを伝授する必要がありそうです。かといって、本来は自然に身に付いていくことであり、ほとんどの指導部メンバーも手取り足取り何かを教わった記憶は少ないと思いますがね。さて、どんな言葉でなら伝えられるのでしょうか?

聞く耳を持たないと大切な言葉を聞き逃します。失敗から何かを感じなければ前進する糧にはなりません。上手くなりたいのであれば細かな雑音は気にならない。意見をするのであれば聞いてもらえる雰囲気をまず作る。

当たり前過ぎるので小っ恥ずかしいのですが、言葉で表し難いことは上級者の行動から身を持って感じ取ることが出来るはずです。その為には、日頃から情報収集のアンテナを敏感にしていないと勿体無いと思うのです。

また、子供クラスにせよ大人クラスにせよ、担当者は興味ある練習内容を絶えず考えていないと、直ぐにやる気が無くなる傾向にあるので要注意。


 2004.9.28
 密かな野望?−2−
(平成16年9月28日)

とかく、これまでにも愚痴っぽく聞こえていたとしたら申し訳ないのですが、大人クラスへのアプローチとして面白いかなと頭を捻るのですが、長く続けている方へは新鮮な気持ちになってもらう工夫も必要なのかなと。

例えば、大人クラスだけの表現を考えて上げるのです。手っ取り早いのは新曲の投入でしょうか?勿論、言うほど簡単には新しい曲は準備出来ませんが、今までの持ち曲でもアレンジを変えてみるとか、曲にならずとも短い練習フレーズを考えて示して上げれば、興味を持って取り組むと思うのですよ。また、一年掛けてそのフレーズを膨らませて曲に仕上げるとか。

さらには、外部からの出演依頼にこのクラスで臨む時には、今まで以上に徹底した指導は必要だと思うべきです。当然、やるかやらないかは本人次第なのですが、本当にやる気になっているのか結果が伴ってきたかを判断するのは、そのクラスを担当する人間の責任になってくるでしょうし。

子供にしろ大人にしろ徹底した指針を示して行かないと、思い通りには動いてくれないと感じていますから、ならばトコトン向き合うしかないと。


 2004.9.29
 小康状態の腰痛
(平成16年9月29日)

治療を受けておよそ2週間が過ぎました。症状が安定するまでは運動は控えるようにとのことでしたが、騙し騙し短時間なら大丈夫だろうと自己診断で太鼓は続けていました。調子が悪い時は休むようにしながらですが。

最初は針で始まった治療でしたが、電気やマイクロ波照射にお灸、さらには下半身の牽引というフルコース(?)を経験してしまいました。今から7、8年前に痛めた際には、有名なカイロプラクティックの先生に診てもらいましたが、今回は保険も利く近所にある整骨院を選択していました。

私自身は間違いなく医療の世界には疎いのですが、経験的にムチ打ちや腰痛などの部位に関してはどこか東洋医学的な治療を好む傾向にあります。

何はともあれ、あまり若くないのかなと自責の念が沸々と・・・太鼓に関わる方が多く覘かれているでしょうから言えるのですが、太鼓の演奏よりも太鼓の運搬等の際には絶対に無理をしないように注意していただきたいと思います。頭で解っていてもやっちゃうんですけどね〜ヽ(´o`;)ノ


 2004.9.30
 年期が違うね〜ヽ(´o`;)ノ
(平成16年9月30日)

リーダーによる大太鼓のレクチャーが久しぶりに行われました。上半身裸で男性陣が群がる中、女性陣は静かに眺めていました。えっ!私ですか?

腰周りがぷよぷよでカッコ悪くてとても見せられ無かったですね(笑)。

肩甲骨の辺りの動きを比較しながら説明してくれましたが、皆それぞれに微妙に違うものなんですね〜。それこそ、誰のが正解で誰のが間違いとは思わないのですが、本当に凄いと思ったのは、リーダーの左右の腕が描く軌道にはブレが見た目では皆無だったことです。場数も違うだろうしね。

今年の初めに大太鼓を意識し出しやる気に火が付いて、それと同じ様に苦手な多面打ちの克服に頑張っていたつもりですが、まだまだ全然足りません。上手くなるには練習時間内の自分の為の練習に工夫が必要ですね〜。

先輩や他のメンバーに遠慮してたら、いつまで経っても現状のままだと思いました。なかなか一つのことをじっくり出来ないながらも、自分なりの練習方法は見つけ出さないと、いざと言う時に身体が動けませんから。




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