Every Day 〜日々雑感〜


 2004.8.1          
 筋肉がグダグダ〜ヽ(´o`;)ノ
(平成16年8月1日)

最近日増しにビールが美味い!飲む量も右肩上がりに急上昇?(^^ゞ

筋肉を使った後にアルコールを摂取すると、乳酸が溜まって翌日は使いものにならないとよく聞くのですが、どんな状態なのか今ひとつ実感が湧かないでいました。ところが、ここのところ太鼓の出演や練習のハードさから筋肉を酷使してる様な気もしてまして、そこへ向いていつものようにビールを流し込むものですから、疲労の蓄積感を感じる様になりました。

今までは大して気にも留めていなかったのですが、疲労後の回復力の低下は、単純に歳を取ったのかなと思わずにはいられないのですが、アマチュアと言えども練習後のアイシングには気を使うべきなのでしょうかね?

故障者の話を聞くたびに正確なケアの知識は身に付けたくなるのでした。

そんなこんなで、まずは今日から禁酒をしてみようかと思うのですが、いつもこんな話ばっかりで全くもって説得力も何もありゃしないのですが。

およそ一週間後に迫ったステージの話。二日間で四回の演奏と聞いていたのですが、蓋を開けてみれば僅かの休憩を挟み二回の演奏がほとんど一つのステージになりそうなのです。それに、一日目と二日目でステージの大きさが違うので、小さいステージを使う時の叩くスペースの確保が少し心配なのでした。状況次第では横打ちを左で打つべきかもと考えています。

しかし、安易に左にスイッチ出来るポジションでもないし、年季の入った右打ちに比べて付け焼刃では動きがぎこちなくなるのは必至。(´ヘ`;)


 2004.8.2
 目に見えぬ壁が目に見える時
(平成16年8月2日)

大所帯の私達は、AクラスからFクラスと便宜上クラス分けされてるのですが、どうも大人のクラスと運営メンバーとの確執が埋まらない様です。

練習体系を整えるためのクラスだと思いますが、私が入会した時は一般の大人クラスがDクラスで、その上がEクラスとして運営されていました。

一般の大人クラスに所属しながらも、自分の目標の先にはいつも上級クラスの存在がありました。当然、先輩に追い付け追い越せとばかりに、そのクラスの練習にも参加させてもらうようになり、何年か経った今いつの間にか自然にその上位クラスの名簿に私の名前は載せていただいています。

これは、私の参加姿勢がそれなりに先輩方に認められた結果の話で、コネでも無ければ依怙贔屓でも無いのです。恐らく、今までの先輩方も同じ様な経過を経て今日の姿があると思っています。そして、皆共通して言えるのは太鼓が好きということで、上手くなる為に努力を怠らない姿勢です。

語弊があるといけませんが、大人クラスの中にも子供クラスの中にも努力してるなと思う人は多いです。しかし、運営メンバーとして位置付けてもらうには、何ともいえない責任感や協調性が時に要求される気がします。

これは、何も難しいことでは無いと思います。誰に言われる訳でもなく周りへの気遣いなど、自然に振舞える人であれば何でも無いことですから。

実質EクラスとFクラスの境界は存在していませんが、壁を作っているのはEクラスだと言いう人も居れば、いやいやFクラスが壁を作ってるからいけないんだと言う人も居るそうです。物事に過敏に反応する人とそうでない人。単純に好きな太鼓に触れる喜びと楽しく叩くにはどうするべきかを考え、その場を提供していただく会に感謝出来ればいいんじゃない?

それを、指導や運営という形で還元するメンバーが私達と言えませんか?


 2004.8.3
 袖なし法被がステータス?
(平成16年8月3日)

ニューヨークはカーネギーホールでの出演に備えて誂えられたもの、それが袖なし法被の誕生だったそうです。当然、大人クラスに入会したばかりの私は、そんな経緯も歴史も知る由もありませんが、その法被に袖を通し並み居る先輩方と同じステージに立ちたいというのが最大の目標でした。

昨今、確執に苛立つ大人クラスに新しい法被を作りたいという声が上がりました。どこに、そんな必要性があるのか私には理解が出来ずにいます。

黒(濃紺)の長袖法被が、古くから伝わり親しまれているデザインの法被です。そのデザインや形を気に入ろうが気にいらなかろうが、いわば会のアイデンティティーだと思っています。聞けば、単に長袖が嫌だからという意見もあるそうですが、そんな簡単に先人の道のりを否定していいの?

もっとも、ここに書き出すことは私の主観ですからメンバー内にも様々な意見が存在することでしょう。ただ一つ思うのは、おおむね20人程度で活動するような組織の小さな団体では無いということをどこか忘れてはいないのだろうか?比較的手頃な人数の仲間が集まり、意見が纏まり易く自分達の主張が通り易い組織と根本的には違うと思うのですがね〜6(-_・;)

当たり前のことですが、大きな組織の中で発言し聞いてもらえる状況を作り出すことは並大抵のことではありません。それを、時に声を荒げたり不平不満を主張することで聞く耳を持ってもらおうとするならば、思い通りに行かないことに駄々をこねる小さな子供と姿がダブってしまうのです。

何を形や見てくれに拘るのでしょう?それよりも、太鼓があり、練習出来る場所があり、直接太鼓を叩いて練習が出来るという恵まれた状況に自分達は居ると感じて欲しいのです。何となくですけど、そこに太鼓があってもどう準備してどう片付けるかということさえ間々為らないのでは・・・

表面上も精神的にも独立しようとするのは賛成ですが、あまり自覚していないだろうけど責任は付いて回りますから、今以上に精神的に成熟しないと、大きな組織の中で満足出来る楽園は絵に書いた餅でしかありません。


 2004.8.4
 石井眞木さんの追悼
(平成16年8月4日)

「第20回〈東京の夏〉音楽祭2004 追悼 石井眞木 ―演奏と上映―」

  会場:東京・紀尾井ホール
  お話:中村雀右衛門
  出演:三橋貴風、一柳 慧、林 英哲、英哲風雲の会、他

個人的には物凄く楽しみで観たいステージですが、全く叶わぬ欲求です。英哲風雲の会による「モノクローム」と「屋台囃子」の演奏もあると聞きますから、太鼓好きには堪らない魅力あるステージだと思います。

私の手元にも市販されている「モノクローム」の楽譜がありましたが、今はどこに仕舞ってあるかも不明です。追悼の意で一度探してみようかな。

残念ながら私自身はお名前を聞く程度にしか知りませんが、東京国際の和太鼓コンテストでも、課題曲には眞木さんの楽譜が使われると聞きますから、近代和太鼓音楽への功績は計り知れないのだろうと想像いたします。

地域から発生した和太団体が、時代の流れの中で著名な楽曲を演奏することの出来る能力を蓄えることも必要なのでしょうか。つまり、時と場合によっては和太鼓オーケストラ的な意味合いもどこかあるのでしょうし、何処のどんな曲を教えられてもそれなりに叩き出せる技術水準のバランス。

最近、聞くことが少なくなった何百人太鼓とか何千人太鼓。オリジナルに拘る私の考えは、時にリメイクが盛んな伝統曲から目を逸らすことは意味が無いとさえ思えてきます。勿論、この先もそのような楽曲を積極的に学んだとしても、自分達の演奏で使うことは絶対に在り得ないでしょうが。

地元の活動以外に、他の場所に出て行くと「教わった楽曲は自分達で使える」という感覚の多さが気になります。当然、そのような目的のものも多くありますが、私は見知らぬ人が偶然出会い教わりその成果を発表する。

それだけで充分楽しく過ごせます。帰ってからのことは一切考えません。

話があっちこっちして脈絡が自分でも掴めませんが(笑)、英哲さんから教わったであろう「モノクローム」や「屋台囃子」を追悼の場で演奏する。それを考えただけで鳥肌もんです。風雲の会のメンバーが羨ましいです。


 2004.8.5
 嗚呼、盆太鼓
(平成16年8月5日)

とある所の毎年の恒例行事の話。それに参加していた友人が今年は仕事の為対応出来ないということで、私にピンチヒッターの要請がありました。

個人的には物凄く参加したかったのですが、その夜仕事ではないのですが商工会議所の集まりがあったので、残念ながらお断りしてしまいました。

地域の太鼓団体に所属しては、持ち曲を奏でることに慣れてしまうと、盆太鼓なんかに日本の風土の中での太鼓の在り方を再確認させられます。

この十数年、創作太鼓の団体が市民権を得たと思いますが、その原点はどこかで見失わない様にしたいと思いました。「盆太鼓」と言えば、未だにプロ活動のステージ上でも時々演奏する御木さん。恐らく、幼少の頃から慣れ親しんだその太鼓に、特別な思い入れがあるのではないでしょうか。

音楽としての太鼓にウエイトを置いていた私ですが、その要請に応えられなかったことで、何となく古き良き日本の太鼓に目を向けられそうです。

この前から子供達の出演も続いていますが、どうしても大人数での表現が定着しています。参加人数が多いから自然な形ではありますが、個人的にはこじんまりした人数でも演奏出来るようになれば良いと感じています。

それは当然大人クラスにも言えることですが、5〜6人居れば充分だと思う私とは裏腹に、せめてその倍の人数が居ないことには不安だと感じる人が多いのです。仮に、名簿上のすべての人が出演するなら一気に20人前後にはなるでしょうね。そうすると、これまでの経験から太鼓の数にも限りがあるし、ポジションに不平不満の声が上がるのは避けられないかな。

大人数になれば、より勇壮な演奏が可能だというメリットや、多少演奏に自信のない人も大勢なら気が楽だという考え方もあるかも知れません。でも、少人数であれば、個人に求められるスキルも上昇するので、本当にやる気があるのであれば、甘えが一切通用せず頑張ろうという気持ちになってくれて、より完成度の高い演奏に近づけられると信じたいのですがね。

櫓の上の盆太鼓、踊りの伴奏の花形です。私達の地域ではそのほとんどはたった一人での演奏です。上手ければ人々の視線を集めることでしょう。

組太鼓も「目立ちたい」「注目されたい」という気持ちがあるなら、是非少数演奏の免疫を付けて自分の存在感を遺憾なく発揮してもらいたいね。


 2004.8.9
 花火との共演でなく、稲妻との共演?
(平成16年8月9日)

この前の週末に私達の団体は大阪に招かれていました。出演内容としましては、2日間で1回30分のステージを4回企画していただいてました。

「オーサカキング2004」と銘打って、大阪城界隈で延べ9日間にも亘る盛大な催しの様でした。1日目と2日目では会場も違ったのですが、初日は大阪城天守閣前の特設ステージでの演奏でした。夕方の時間帯でしたから、夕立に降られなければいいのにと心配していたのですが・・・

連日の猛暑の影響でしょう、1回目のステージを終えて2回目に備えていた時、西の空にはモクモクと積乱雲が上り始め、あれよあれよと瞬く間に太陽を隠したのです。そして、怪しい雲行きの中、雨の降り出しを警戒しつつもこの日最後の2回目の公演がスタートしたのです。

ラスト2曲目の演奏中にとうとう雨が降り出し、お客様も猫の子を散らすように一斉に非難され、僅か1曲を演奏出来ずにその日は終わりました。

突然の雷雨に太鼓をステージ脇のテントに撤収し、呆然と雨の勢いに立ち竦んでいました。稲妻は天守閣の横に何本も何本も幾何学模様を描いていました。その落雷の音と光はまるで私達の演奏への挑戦状だったかもね?

なんて。(^^ゞ

でも、間違いなく雷さんの勝ち!ヽ(´o`;)ノ

 2004.8.10
 アイシングの効能か?(平成16年8月10日)

大阪での四回公演は、私達を一回り成長させてくれたと思っています。

二日間共に、AパターンとBパターンの二種類の演出を準備して本番に臨みました。Aパターンで始まるその演出では、私自身コンディションの調整不足を実感してしまったのです。Bパターンの演出では曲への参加は軽減されていましたので、前半の疲れは多少は癒されるのでした。

初日の終演後、私はクーラーボックスの中の氷の塊を拝借し、ハンカチに包み腕から肩に掛けて素人ながらアイシングに務めました。初日の調整不足を二日目に持ち越さない策は、出来る限り講じたかったからです。

そして、二日目の朝。お昼前にスタートするこの日も、野外特設ステージで灼熱の猛暑の中での演奏となりました。曲順は前日同様のAからBパターンでした。私の体力は心配していた様な前半の落ち込みも無く、むしろ終始ノリノリの身体の斬れを、最後まで持続させることが出来ました。

メンバー誰もが満面の笑顔で満足した様子。この日の充実感は心の活力となり、次に向けて頑張れる気持ちにさせてくれました。今回このような素晴らしい場をいただけました各関係者に心より感謝したいと思います。

その影で大活躍したアイシングの効能・・・

やはり、小まめな身体のメンテナンスが必要な年齢に差し掛かったということでしょう。それでも、冷えた生ビールやチューハイは、当然の様に摂取してしまうのがアマチュア太鼓打ちの性なのでしょうかね〜。(^^ゞ

本当にアイシングが功を奏したのか、実のところ全く自信はありません。


 2004.8.11
 腹掛け&長股
(平成16年8月11日)

昨年新調したばかりの腹掛けが、もう綻びはじめてきました。6(-_・;)

江戸の型紙を使っているもので形は気に入っていたのですが、縫製に問題があるのと生地の柔らかさが着心地とは別に、私の使用頻度に対応しきれていないと言えそうです。ハッキリ申し上げて当たりが悪かった様です。

私が最初に買った腹掛けを今も洗濯の替えに時々使っていますが、ビックリするほど丈夫なのです。かれこれ10年近く使っているのにです。

今回、再びそちらの腹掛け&長股を手配することに決めました。個人的には江戸モデルを好む私ですが、残念ながらそれは関西の流れだと以前メーカーの方に教えてもらったことがあります。実のところ、別のところで扱っている江戸のモデルと思われるものを問い合わせてはいたのですが、一向に質問の返事がいただけず、今回は急を要するので諦めた次第です。

「どこのものでもいいじゃん!」と聞こえてきそうですが、注意してみれば様々な違いを発見出来て、面白い世界がそこかしこにあるのですよ。

またまた、衣装にお金を使っちゃうので参ってしまいます。そうそう、ものの良し悪しは単純に値段に比例しないところが、さらに面白いのです。


 2004.8.12
 久しぶりのマリンスポーツ
(平成16年8月12日)

ここ何年と毎週末は基本的に太鼓の練習や出演やらで、悪友達との付き合いが疎かになっています。今のシーズンは海での遊びが中心なのです。

世間のお盆休みに合わせて、マリンジョットで海に繰り出すという連絡をもらっていた私は、午前中に大急ぎで仕事を終わらせお昼前に合流。そんな私の最初の仕事は、バーベキューの準備でした。皆で手分けしながら炭火を熾したり、鉄板を洗ったり食材を準備したり・・・。バーベキューや焼きソバを食し、午後からの遊びに備えエネルギーを充填させたのです。

調子の良し悪しや性能の良し悪しはありましたが、個人所有や共同所有を含め延べ四艇のジェットを海に持って来ていたのです。スキービスケットやウェイクボードをトーイングしたりして、時に引っ張る側、時に引っ張られる側で海のレジャーを満喫していました。

ウェイクボードも久しぶりだったのですが、それなりに昔の感は失われていませんでした。しかし、久しぶりに履いた自分のボードのビンディングの締め付けに、すぐに足が痛くなってしまいました。さらには、体重の明らかな増加で引っ張るジェットのエンジンも悲鳴を上げていた様です。

海の遊びは後片付けも大変で、大部分のゲスト参加者と解散した後で、船体の洗浄に出掛けました。それも終わる頃にはドップリ日も暮れて、遅めの夕食を悪友と団欒しながら食べて解散しました。

あまりの疲労感に、入浴後直ちに就寝・・・10時半には寝てました。

 2004.8.13
 動き出したプロジェクト馬之介
(平成16年8月13日)

何のこっちゃ〜ってタイトルですが、まずは作業台作りから始めました。

お盆というのに朝から夕方まで仕事で走り回ってて、やっと時間が出来たところで作業台の段取りと作業のイメージだけで一日目は終了しました。

桶胴の表面の木屑をペーパーで擦り、大きな凸凹はパテで補修し、細かな目止めと素地作りの仕上げにとの粉を使用いたします。思いのほか現時点での桶胴表面の仕上がりが悪く、漆塗りの前作業が重要になっています。

すでに箍にささくれが目立つ部分もあり、本当は箍も着色しとけば無難だと思わざるを得ません。二代目の馬之介が完成しないうちから何なのですが、私の中では三代目の構想がすでに具体的に出来上がっているのです。

そんなことから三代目を完璧なものにする前哨戦として、二代目の今回の作業は重要な意味を持ってくるのです。私の近所にも、素人ながら玄人並に自作で太鼓を完成させている素晴らしい方がいらっしゃいますが、私の挑戦は自作太鼓とは呼べないでしょうね。その道のプロの方々に自分の想いを伝え形にしていただくわけですからね〜まあ、強いて言えば塗りの工程だけは私の独壇場ですが、各方面からの助言は大いに役立っています。

この週末は仕事も休もうと思っていますし、太鼓練習もお盆は無いと聞いていますから幾分作業が進められると思います。しかし、予報では雨が降る可能性もあるので、屋内に作業スペースを確保出来ない私は心配です。


 2004.8.14
 プロジェクト馬之介〜その2〜
(平成16年8月14日)

本日の第一目標であった“下地塗り”の工程まで終わりました。(´ヘ`;)

何とも不慣れな日曜大工?に悪戦苦闘しながらも、思い描いた段取りで作業は進めることが出来ました。箍にマスキングを施しましたが、漆が若干染み込んでいたのを確認しているので、次の作業前に一度テープを剥がし様子を見ようと思います。最悪、箍にも漆を塗り真っ黒に仕上げるかな。

ここまで来れば、後は根気よく塗りと磨きの繰り返しです。今回使用した漆が完全に乾燥するには一週間を要するそうですが、その期日を守るなら完成まで後一ヶ月以上必要になる計算で、九月上旬の使用は絶望的です。

しかし、重ね塗りの工程を一時中断して本番に間に合わせ、それが終わってから再度塗り重ねるという方法もありますからもう少し考えましょう。

このプロジェクトの行く末を楽しみにしている方もいらっしゃるようですし、アドバイスいただいた方々へ感謝と報告の意味も込めまして、時折写真も添付しながらこの場に綴って行こうと考えています。

パテ埋め 目止め
との粉乾燥後 箍を磨く
箍にマスキング 下地塗り

 2004.8.15
 プロジェクト馬之介〜その3〜
(平成16年8月15日)

前日の漆の乾燥具合を気にしながらも、下地にと薄めの塗布の為気にせずペーパーがけを開始しました。塗りが最終段階に差し掛かれば、一週間という漆の完全乾燥の期日は守ろうかと思いますが、お盆休みという限られた時間の中で、出来るだけ効率的に作業を進め様と努力しているのです。

朝から追加のマスキングテープとサンドペーパーを買いにDIYショップに走り、時折雨がぱらつく空模様に作業のタイミングを計っていました。

塗りの作業が第二工程に差し掛かりましたので、乾燥が一日というのは心許ないのですが、一週間は待たずに第三工程の作業には入りたいと思います。仕上がりの見栄えをそれ程気にしないのであれば、今回の塗りが乾燥すれば充分に使用しても問題ないでしょう。それよりも、黒く塗り重ねて行く過程で、最初のパテ埋めが不十分な箇所が目立ってきました。

やはり、塗りも重要なのですが出来るだけ凸凹を丹念に修復することが大切だと思います。仮に、綺麗に漆を重ね塗れたところで材料のつなぎ目などの凸凹は、今更どうすることも出来ませんからね〜6(-_・;)

しかし、そんな部分にも拘れば作業日数も莫大になってきます。パテ埋めで綺麗な球面を出そうと思えば、それだけで何度も重ね埋めする必要があるからです。その辺も今後の課題にさせていただこうと思っています。

【今日の第一作業】
マスキングテープを剥がし下塗りの出来具合を確認。箍に付いた漆を根気良く落とす。(ほどほどで挫折)(´ヘ`;)
【今日の第二作業】
ペーパーで磨きを入れ、次の漆塗りに備える。(箍との隙間は歯ブラシを使用し、磨きかすを浮き上がらせる)
今日の第三作業】
浮いた磨きかすをふき取り、再度箍にマスキングを施し、漆を重ね塗り。

 2004.8.16
 プロジェクト馬之介〜その4〜
(平成16年8月16日)

今朝の空模様は、数日前の予報とは打って変わって今にも雨が降り出しそうな分厚い雲に覆われています。週間予報でも雨の確立が上がってる!?

塗りの工程に少々慣れてきたこともあり、調子に乗って今日も磨きと塗りの作業をしようと思っていましたが、中休みには丁度良さそうですね。

昨日の工程での漆の配合が濃い目だったので、一晩置くだけではダメかも知れないです。表面こそ半日ほどで乾いてはいる様ですが、くどいかな手元の説明書では完全な乾燥期間は一週間とされていますから・・・

さてさて、調べ緒の手配も順調なのですが今日現在も物は到着していません。調べに関しても様々な助言をいただきました。染めの染料は京都のお店に問い合わせる準備もしていましたし、染めに使う鍋の下取り先も温かいお言葉を頂戴していましたが、結局は外注に出すことを選択しました。

皮の方の漆塗りも昨日の時点で完了していますから、調べ緒さえ今日明日にでも到着すれば、最初の編み込み作業だけでも進めたいと思います。

まだ、完璧では無いのですが乾燥中の黒光りする桶を眺めてはニタニタしてしまう私。例えその表面が凸凹していようと、不十分なマスキングで箍に漆がこびり付いていようと、本当に可愛いやつなんですよね〜(*^-^*)


 2004.8.17
 担ぎ桶の標準語
(平成16年8月17日)

一尺六寸前後の桶胴太鼓を吊り紐でもって、片側の肩からぶら下げて反対側の腰の辺りに安定させて使用する太鼓。それが私の思う担ぎ桶です。

その人気の上昇はここ近年特に目覚しく、青二才の私でさえいつの間にか古株に思えてくるのでした。ネット上でもよく「適切な紐の長さは?」とか、「バチの長さは?」とか、「身長に対する大きさの決め方は?」とかのやり取りを拝見するのですが、人によって考え方も微妙に違うので、誰に質問するのかで自分が納得する答えを見つけられれば良いと思います。

私もこれまで数人の担ぎ桶のエキスパートに教わりましたが、皆様独自の理論をお持ちでした。当然、どれが正解でどれが間違いとは思わず、時と場合に応じて柔軟に自分に合ったものを使い分ければ問題ないでしょう。

以前、林田さんのWSに伺った際「ヒダノさんからはこう教わった」と、お二人の相違する箇所を指摘し出す方には参りました。誰のWSを受講してるのかと頭をリセットして謙虚に参加すれば良いのにね。(;^_^A

私的には、各地でWSが盛んに企画され、教則ビデオやDVDなどの販売で波に乗っている林田さんの理論は素晴らしいと思います。漸く、スタンダードな一つの形と言えるほどの情報が開示され出したと喜んでいます。

もっとも、異論を唱えるプレイヤーの言葉も理解出来ますが、人気に比例して認知され出した林田スタイルは、担ぎ桶の標準語だと位置付けて良いのではないでしょうか。標準語もあり方言で奏でるスタイルも当然あり。

担ぎ桶の人気はまだまだ上昇するでしょう。近い将来、私はどんな言葉で演奏することが出来るプレイヤーになっているのでしょうかね。(^^ゞ


 2004.8.18
 太鼓を学び、習い、考え、創る。
(平成16年8月18日)

太鼓を様々な形で楽しむ総人口というのは、思いのほか多いのではないでしょうか。その中の大半は、地域の太鼓団体やサークル的な集まり、太鼓を教えてくれる教室の生徒さんで構成されていると考えられるでしょう。

そして、一部の伝統芸能や伝統曲を奏でる太鼓以外は、ほとんどが創作曲を奏でる創作太鼓系と言えるのかも知れません。中には、地域に根付き新生の伝統芸能として認識されているところも少なくないと思っています。

かつて、鼓童系と思える団体の誕生が目まぐるしかったのが記憶に新しいのですが、今尚、別の太鼓表現にインスパイアされた動きは活発化していると言えますよね。しかし、地域に親しまれていればいるほど新たな息吹は慎重に導入すべきで、安易な発想の転換は避けて通るべきでしょう。

そんな場面で小回りが利くのは、気心の知れた太鼓好きによるサークル的な集まりだと思います。いわゆる新生の太鼓団体の卵という感じかな。

その様な人達の方が既存のものに執着せず、組織の大小に関係なく新たなものを創造しようとするエネルギーに満ち溢れているとさえ感じます。

いつまで経っても“習いに来ている”という気持ちだけでは、心の底から楽しいと思える太鼓は奏でられないでしょう。タイトルに書いたその他の要素が重要になってくるのです。さらに、それらの要素のほとんどが、何度となく自問自答することでしか身に付いてこないと思っています。

相変わらず脈絡の見えにくい話ですが、何となくダラダラと書き出してみました。読む人が読んで少しでも何かを感じ取ってもらえれば幸いです。


 2004.8.19
 その後のプロジェクト馬之介
(平成16年8月19日)

漆塗りの作業にも幾分慣れたかと思いきやぁ〜基本的には不器用な私。

何とか三度目の塗りは強引に進めてしまいました。いろんな要素が複雑に絡み、天気の崩れや仕事の段取り、週末の太鼓活動などによる時間の制限などから、今の間しか作業出来ないと強行突破したのでした。(´ヘ`;)

最後にもう一度だけ重ね塗りを予定していますが、ちょっと予定が立たずにいます。たぶん、一週間か十日のインターバルを設けて作業するかな。

漆は作業のたびに濾過してから使っているのですが、溶液そのものにも小さな虫が飛び込むし、当然、塗る傍から塗りたての桶の上にこびり付くので、最終的な仕上がり具合は全く自信が持てないでしょうね。ヽ(´o`;)ノ

この日は漆塗りが終わって刷毛を洗っていたら雨がポツポツ。慌てて桶を屋根のあるところに移動させましたが、少し雨粒にやられちゃいました。

早くこの作業から開放されて、思う存分叩きたいと思うのでした。

そうそう、まだ調べ緒が到着しないので別の焦りが出始めています。


                 
(作業日:平成16年8月17日夕刻)

気分的には最後の磨き作業かな(^^ゞ 今までで一番漆を濃く塗りました

 2004.8.20
 ネット販売の不思議な現象
(平成16年8月20日)

昨今、インターネットを広告媒体や販路拡大にと積極的に活用されてる個人商店も多くなってきました。家内製工業から大企業に至るまで、提供される情報を逸早く入手するのに、ネットの活用は言うまでもありません。

以前もこんなことがありました。商品を通信販売してもらおうと注文しようとしたら、独自の発注フォームに書き込んで送信するシステムでした。ところが、どうしても送れないのです。困り果てて早急に問い合わせしようにも電話番号が書かれていないのです。仕方なくメールにて不具合を連絡すると返事は早くて翌日、遅ければ何日も経ってからなんてことはざらに発生します。その時の原因はシステムのエラーだったそうですが・・・

その後、FAX番号を教えてもらいFAXにて注文しましたが、なぜか連絡は途絶えてしまいました。あくまでネット上での販売がシミュレートされてるだけのお店で、社員教育も徹底されていなかったのでしょうかね?

何かバカバカしくなってきて、そことの取引は遠慮することにしました。

別のところでは、徹底して問い合わせに対する回答をHP上でしかしない姿勢でした。いかんせん、その返事のあまりの遅さに甚だ呆れてしまいました。ネット販売による情報管理という視点では、注文を受ける側は便利なのかも知れませんが、商品に関する質問をする側や購入する側にしてみれば、直接販売は無理でも電話にて相手の声くらいは聞かないと安心出来ないかも。少なくと私は苦い経験が多いだけにそんなことを思うのです。

これは余談ですが、ネットによる注文ではありませんでしたが、かつて二箇所の太鼓屋さんに太鼓を作っていただきました。遠方過ぎて伺えないところを電話にて失礼し、直接職人さんと詳細のやり取りはしたものです。

ごく自然な流れだと思うのですが・・・ネット取引に溺れていません?


 2004.8.21
 今年の暑さは身体にくるね〜(´ヘ`;)
(平成16年8月21日)

当然、私は太鼓打ちを生業にしてる者ではありませんが、体力の低下が顕著に現れた夏だと感じています。しっかりコンディションを維持しないと納得のいく演奏は出来そうにありません。冷えたビールの美味さも大敵!

若かりし頃は自然に運動する時間も多かったし、体力的にも同年代の人よりは自信がありました。ところが、ここ近年はスポーツジムに行く回数も極端に減りましたし、朝夕の時間帯に走り込むことも少なくなってしまいました。どうしてもハードと予想する演奏機会に間に合わせようと、目標を立てた期日までに急遽身体を作るという突貫工事が多くなっています。

日頃から摂生してれば良いのでしょうが、お酒も嫌いじゃないし〜飲む量も右肩上がりに成長してるの解ってるし〜体重の増加も認識してるし〜。

「太鼓辞めるか?それとも、日頃の不摂生を改めるか?」

「何とか後者でお願いします!」

そんなことを自問自答することが増えています。(ああ〜情けない)

世間では、缶ビールも一日二本程度なら毎日飲んだ方が健康に良いとは聞きますが、私の場合は量を減らすというのは肌に合いません。飲むなら好きなだけ飲む。飲まないなら一滴も飲まないというのが良さそうで、時々はインターバルの期間を設けるように努力しているところなのでした。


 2004.8.22
 太鼓イベントの集中した休日
(平成16年8月22日)

まず土曜日は、福井県は織田町へ「OTAIKO響2004」の前半戦の目玉、「オールジャパン太鼓打ちコンテスト」の鑑賞に出掛けたのです。

しかし、この訪県に関しては少し躊躇していました。片道は高速道路を利用しても3時間以上は要するし、明けて翌日は岐阜県での太鼓演奏がある為、コンディション作りに続けていた走り込みを絶対にサボりたくなかったのです。当日の朝、コンテストだけでも観たいと動き出したのです。

行く前から夜のゲスト枠の演奏は一切断念しました。それでも、絶対に友人の勇姿は見逃したくないと、使命感にも似た感情が私を動かしました。

結果は、ご周知の通りの好成績に満足しました。詳しくは後日・・・

翌日の日曜日は、再び高速道路を走り岐阜県は郡上八幡の近くまで移動しました。岐阜県太鼓連盟主催のジュニアコンクールの予選会と太鼓祭りにゲスト出演したのです。大人顔負けのジュニアのレベルの高さに、メンバーの多くは「私達が演奏させてもらっていいのだろうか」と思ったそうです。しかも満足な音出しのリハも出来ず、バミリを行ったのみでした。

過日の大阪の出演でこなしたパターンをそのまま演奏することで、練習を重ねて来ましたからそれ程の気負いはありませんでした。しかし、私が予め鬼門と感じていた最後の曲で、締め太鼓5人バージョンを急遽4人バージョンで編成し直し本番に臨みました。そんで、見事やっちゃいました〜

何て、奥歯にモノを挟んだような言い回しで失礼!(^凹^)ガハハ

かくも忙しくも楽しい充実した二日間でした。遠征先の岐阜県の太鼓関係者の皆様、大変お世話になり有り難うございました。また、池田美由紀さんも久しぶりにお会い出来て光栄でした。お元気な演奏姿は健在でした!


 2004.8.23
 最終段階のプロジェクト馬之介
(平成16年8月23日)

最終の塗り工程から乾燥させること中二日。表面上は充分に漆も乾いており、いよいよマスキングテープを剥がしました。予想した通りに箍に滲み付着した漆がありますが、箍を塗らなければ為らない程ではありません。

そして、待ちに待った調べ緒も到着していましたので、いよいよ最終段階です。以前おさらいしていたロープの編み込みを作る方法でスタートさせるつもりです。いわば、林田方式を忠実に再現しようと思っています。

下記の写真は、私が現時点で準備することの出来た最高の桶に最高の調べ緒、最高のバチに最高の馬皮です。ただし、馬皮に関してはすでに次の段階を視野に入れたものも探し当てていますので、第三次計画もその気になればすぐに動き出せます。しかし、まだその時期では無いと思うのです。

私にしてみれば、これだけのものを準備するにも大変でした。尊敬できる良きアドバイザーや、それぞれの分野の優れた職人さんとの出会い。その様々な人達の協力なくしては実現し得なかったのが、今回の挑戦でした。

念願の黒い調べ緒が到着! あれあれ?
桶胴が仕上がってる!(^^ゞ

 2004.8.24
 燃え尽き症候群?
(平成16年8月24日)

我が団体の演奏予定としては、前回の岐阜での出演で少し区切りが着きました。この場に置いて、もう少し話題にしてもらっても良いと言う様なメンバーからのリアクションもあるのですが、どうするかな〜(^^ゞ

今回私が一番ワクワクしていたのは、この日の演奏メンバーでの練習は充分に出来ずに臨むことになりましたが、これまでに蓄積された個々の能力を信じる余裕の様なものが凄く感じられたことです。そして、それを証明するかの如く私も先輩方に喰らい付き、先輩方にもある部分では私を信じてもらいながら、皆が一丸となって演奏出来たと思っているのです。

何てカッコよく書き出しても無駄かな?

先日も書きましたが、予め心配してた箇所でのミスを克服出来なかったことです。それと、大太鼓のソロの場面でも久しぶりにやっちゃいました。

客観的に見た場合の演奏能力としては、横這い?もしくは若干の下降線と思う節も無くは無いのですが(張本人だったりする?)、メンタル的な結び付きと信頼関係は、間違いなく上昇傾向だと思っているのですがね。

太鼓を片付けた後、久しぶりに大勢で団欒する時間があったのも良かったと思います。アルコールも入り、熱く語るリーダーの傍でウトウト寝てた不届き者も居たそうですが・・・それって、オレか?Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン


 2004.8.25
 馬之介の全貌が明らかに!
(平成16年8月25日)

駆け足でお送りして来ました“プロジェクト馬之介”今日が最終回です。

大きく二点の選択に時間を要し作業開始に手間取ってしまいました。一つは、塗料つまりは漆です。もう一つは、意外にも調べ緒の決定でした。

調べ緒の素材やそれを染める染料に、なかなか答えが出せずにいました。その間にも各方面から助言をいただき、心強い援軍に勇気付けられたのです。最終的には自分で結論を出しましたが、意外と答えは近くに転がっていたりして、悩んだ時間が多い割には解決はあっさりしたものでした。

漆の扱いには最後まで慣れませんでしたし、仕上がり具合も綺麗に出来ずけして褒められたものではありませんが、オンリーワンの可愛い太鼓に仕上がり大変満足しています。残念ながら試奏することは直ぐには無理ですが、極端な問題は発生しないと思っています。その日が楽しみですね。

どこかで、この新生馬之介に出会ったら温かい目で見てやって下さい。

そうだ!お世話になった方々へ巡礼の旅に出るのも良いかもね。ъ( ゚ー^)

さてと、編み込むとするかな。(^^ゞ   3方向の抜き出しに注意して。
余分はチョッキとハサミを入れて。   調べを通して、ハイ出来上がり!

 2004.8.26
 赤い肩帯が行方不明!(´ヘ`;)(平成16年8月26日)

私は’99年のECに出かけた際、音大工製の黄色と赤の担ぎ桶用のストラップを購入していました。しかし、その後も着物の帯紐を利用したものを作ってもらったりしながら、赤いそれを使うことはありませんでした。

新生馬之介計画を考え始めた頃、四本箍で黒塗りの胴に黒い調べ緒をイメージした時、似合うのは赤い肩帯だと思いました。それ以来探してはいたのですが、豪邸に住む私(嘘つけ!)には見つけられそうにありません。

私の場合、肩帯は衣装であるとかチームカラーであるとか、場面に応じて使い分けているのですが、ピンで馬之介を使う場面では赤いものをチョイスしたいのです。次点候補は黒だと思うし、林田ストラップ買おうかな。

使い手のアイデアや企業努力で、太鼓には金具のようなもので固定し、長さ調節もストラップ側で可能なものも出ている様ですが、やはり、個人的には太鼓への固定や長さ調節は紐の結びで行う方が好きですね。当然、ストラップ(肩帯)の色使いやデザインというのも重要な要素でしょうし。

話は変わるのですが、先日友人が林田さんの虎の巻について買いか否かを相談してきました。桶胴太鼓の基本的なことを知るには充分な内容ですから、太鼓判を押して薦めておきました。あのビデオで知る事柄が一つの共通語になれば、発展形にも変化形にも柔軟に対応出来ると思うからです。

メジャーな人があのような教材を発売すると、その内容が絶対だと言う人が時々出て来ますが、あくまで一つの指針だと私は思っています。

これは、私の憶測ですが近い将来、担ぎ桶胴太鼓オンリーの太鼓コンテストのカテゴリーが出来てくるんじゃないかなと思います。もし、そうなった時に「うわ〜林田さんばっかり」とか、「うわ〜ジパングもどきかも」と、多くの方から言われないとも限らないですよね。(´ヘ`;)

ちなみに、私の個人活動の一環で「ネットユニット来舞」というのがありますが、この担ぎ桶胴太鼓オンリーのユニットは、「ジパング」よりも前に結成されています。

だから、「『ジパング』と似たことやってますね?」何て言わないで下さいね。(笑)

 2004.8.27
 本番に強い?弱い?
(平成16年8月27日)

昨夜の木曜定期練習では、「競手」という締め太鼓だけの曲を全員で徹底的に練習しました。私もこれまで数回本番で叩いてはいるのですが、先輩から細かなポイントの注意を受けて練習していると粗がよく解るのです。

たまたま、ここ一発の集中力でそれなりに本番は演奏していたのでしょうが、ボロボロの自分を思い知りました。ああ〜情けない。(´ヘ`;)

練習時間にも限りがありますから、おのおのの欠点を発見するのみで時間内に克服には至っておりません。しかし、先輩からこの曲に関する詳細まで紐解いた解説は始めてで、充実した内容でした。最近木曜練習に積極的な若いメンバーもその内容の濃さにラッキーな経験が出来たと思います。

この曲は、自然に一年くらい封印(たまたま?)されていた様に思いますが、今年に入ってからは演出に復活してきました。当然、いつ何時にどのポジションでも出来る様に、全員が徹底して練習しないとダメですよね。

一昔前から、プロ団体の影響もあってかいろんな団体が締め太鼓だけの曲を作っていますが、私達のこの曲も唯一そんな位置付けの曲と言えます。

私も本番で演奏するようになり気づいたのですが、大まかに5人バージョンと4人バージョンがあるのですが、人員によってさらに2パターンずつで、最低4パターンくらいあるのです。せっかくの機会に、もう一度基本パターンを周知させるには絶好の雰囲気に盛り上がっていると思います。

取り敢えず昨夜は、5人バージョンの4番パートと5番パートを私なりに覚えることが出来ました。もちろん、前回の岐阜公演でミスした4人バージョンの自分のパートの復習もバッチリしましたよ。ъ( ゚ー^)


 2004.8.29
 何で俺、こんな所に居るんだ?
(平成16年8月29日)

先週末の夜、私は石川郡美川町に居ました。日中の滞在先からは、およそ6、70kmの道のりを高速道路を使い移動して、この地に来たのです。

本来なら、何処かの温泉でゆっくりしてる時間だったのですが、友人に促されるまま来町して大正解でした。その夜、「第3回手取川夏まつり」と銘打って地域の方々が盛り上がる中で、フィナーレに太鼓の演奏が準備されていたのです。その太鼓集団、団体の名前は「鼓魂」と言います。

実は私、彼らの演奏は5年前の「OTAIKO響1999」で鑑賞していました。当時の私は、創作太鼓の分野やましてや、地域の伝統的な太鼓に対する知識などほとんど無く、観るものすべてが新鮮な時期でした。

演奏終了後、リーダーの上田さんとお話をさせていただきました。何か全体的な雰囲気はうちのリーダーに似てる様な気がしますが、魅力的な牽引者の全国標準モデルとも言えるのかも知れませんね〜\(~_~;)

何はともあれ、演奏終了後の忙しい時間にお邪魔してしまい駆け足の慌しい会話でしたが、またゆっくりとお会い出来る機会があればと思います。

  
地域に根付く伝統の技を創作表現に織り込んだ太鼓集団「鼓魂」。
噂以上に素晴らしい!
     
この笛と大太鼓の演奏に伝統の加賀太鼓を感じることが出来るそうです。
    
下手の助六風の横打ち群と上手の伏せ打ち群の掛け合いが抜群に良かった!
第3回手取川夏まつり
    
太鼓と花火の競演はこの季節珍しくない演出ですが、限られた予算の中での舞台屋さんの粋な計らいだったそうです。

 2004.8.30
 「とってくれ」VS「入相桜」
(平成16年8月30日)

笛と大太鼓の二人の演奏というのも珍しいものでは無いと思っています。

私達も「入相桜」という曲でこのスタイルを採っています。決められた笛の旋律に、伴奏風に大太鼓を打ち鳴らし、時に抑揚をつけながら終始アドリブで叩くのです。私も最近叩かせていただく機会を得られた曲です。

先日「とってくれ」(掲示板からの情報提供に感謝)という加賀太鼓の古典曲を演奏する太鼓団体を目の当たりにして、少し恥ずかしくなってきました。もちろん、二つの曲のコンセプトは大きく違うのでしょうが、味のある伝統的な奏法の大太鼓が、笛の旋律と見事に絡み合っているのです。

舞台が大きかろうが小さかろうが、その時その空間を仕切るのは二人の奏者なのです。大太鼓を正面打ちする私の背中から、果して彼らの様な説得力のあるオーラが出ているのか、かなり疑わざるを得ないと思うのです。

私達は、しばしばこの曲を舞台の転換で使います。私は大太鼓と静かに格闘しながらも笛の音色に集中しています。当然、背中側で観衆がどの様な反応をしてるのかは全く解りませんし、配置換えに動くメンバーの姿も恐らく重なっていることでしょう。そこに落とし穴があったと言えないか?

どこかで、「場を繋ぐ曲だから」という様な甘えとか、軽んじる姿勢は無かったのか、今一度自分の内面に問い掛けたいと思います。次に演奏のチャンスをいただけた時には、責任感のある自信に満ちた背中で演奏したいと誓うのでした。

 2004.8.31
 富山県支部講習会
(平成16年8月31日)

先週末、私は地元の太鼓団体で出演の予定があるにも関わらず、早々にそのメンバーから外してもらい、独り富山県は氷見市に来ていました。

日本太鼓連盟の富山県支部が主催する技術認定の基本講座を受講するためです。私の先輩方も数年前に全国講習会を経験していますが、その時の流れに合わせられなかった私は、いつしか経験する時期を窺っていました。

昨年の私は、技術認定に興味を示せず湯布院の長谷川さんが講師を務めると言うことで、専門講座を受けるべく会の方に全国講習会参加をお願いしていたのですが、何かの手違いで申し込みが行われず苦汁を飲みました。

そして、今回時期的にもスケジュール的にも参加可能と判断して、会の事務局に頼らず自分で問い合わせをし、申し込みを完了させていたのです。

以前から連盟の講習会には、賛否両論の考え方がありますが、私は私なりに何かを感じたくて参加いたしました。残念ながら支部講習会は全国講習会の規模に勝るはずも無く、「どうせなら全国講習会に参加したら」という講師の言葉が印象的でした。全国講習会には何があるのだろう・・・

何事でもそうでしょうが、自分なりに目標を持って参加すれば何かしらの答えは見つけられると思います。私も2日間で得られたものは多いです。

認定試験のグループ分けで同じ組になった10歳くらいのガキんちょに、タメ口(笑)を聞かれようが本当に楽しかったです。また、ホストを務める富山県の太鼓関係者の尽力や、近隣の県から駆けつける講師陣の協力体制には感心いたしました。何やら不確定な情報ながら、三重県辺りでも講習会が開催出来ないかと要望の声があるとも聞こえてくるのですが、なかなか一筋縄ではいかないでしょうし、安請け合いは禁物だと感じました。




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