Every Day 〜日々雑感〜


 2004.7.1           
 楽譜ね〜
(平成16年7月1日)

楽譜主体の練習方法については賛否両論でしょうね〜。ヽ(´o`;)ノ

「楽譜を渡してあるから覚えてくるのが当たり前」「楽譜が読めないなら読める努力はするものだ」「完璧に楽譜に記述するのは無理がある」等。

子供達への指導では楽譜ありきの練習方法はほとんど行っていません。身振り、手振り、口唱歌でもって熱血指導することがほとんどです。

どの年齢を境にということはないのでしょうが、大人クラスになると新人さんに対して、先輩格のメンバーがすぐさま楽譜を見せて説明する光景を目にします。自分が読める様になったからといって、その人が楽譜が読めるとは限らないし、その辺りの確認は恐らくしていない様子。

うちのリーダーは、20曲はゆうに超えている団体の楽曲のほとんどのパートが頭に入っているように思います。また、かつて指導中に聞いた言葉が蘇ります。「楽譜は家で見て来るもので、練習中は見ない様に・・・」

練習中は五感をフルに使って、見本をしてる指導者の姿であるとか、他のメンバーの様子だとか、その中の自分の音や動きを感じないといけないと思います。まあ、手っ取り早く手順を伝えるのは楽譜は便利ですけどね。

時間がたっぷりある時の練習と駆け足で進めざるを得ない練習では、その対応も大きく違ってくることでしょう。新人さんであるとか新しい曲を覚える必要が生じた時は、教える方も教わる方も一番苦労するでしょうね。


 2004.7.2
 節度ある太鼓活動
(平成16年7月2日)

私は他の団体を経験し今の団体に落ち着いた経緯があります。たまたま現メンバーの中に同じ様な経験をされた人は極少数ですが居ます。さらには、団体とは切り離した太鼓活動をされている人も少数ですが居ます。

先日、団体としての基本的な姿勢を改めて確認することが出来ました。個人的な演奏依頼(学校行事を含む)に対して、個人として受ける場合、団体の法被に袖を通すことも楽曲を使用することもNGだということです。

当たり前の話と言えばそれまでですが、意外と理解されなくて厳しい言葉だと受け取る人も中にはいるそうです。しかし、裏を返せば団体に関係のない節度ある太鼓活動に関して、事実上は容認しているということです。

団体の運営部のメンバーやそのポストに近い人には簡単に理解できることでも、一般的な会員にはなかなか理解しづらいことだろうと想像します。

好きな太鼓が高じて、別の練習がしたくなったり別の曲を演奏したくなるというのは、個人的には良い傾向だと思いますが、何事でもそうでしょうが公私混同の考えで我を通すことだけは避けて欲しいところですね。

何やらチラッと情報が錯綜してる事案があるのですが。これから夏本番!いつでもどこでも楽しい太鼓を打ち鳴らしたいものですね〜ъ( ゚ー^)


 2004.7.3
 第何次?篠笛強化月間
(平成16年7月3日)

今、私が所属する団体の演奏で使われている篠笛は六本調子だそうです。

私が最初に篠笛を練習したいと思い、人から薦められたのは八本調子でした。当然、今の団体に入る前の話です。その後、六本調子の笛も作ってもらい所有していますが、幾度無く挫折を繰り返し今尚暗闇の中に居ます。

最近、本腰を入れて復活を目指しているのですが、キッチリ基礎の部分から見つめ直したいと思っています。まず、笛にも固体特有の微妙な差があると理解は出来ています。その中で、八本調子を手にやり直しています。

団体で演奏することを視野に入れれば、六本調子でガンガン練習するべきなのでしょうが、今度ばかりは徹底的に八本調子で取り組みたいのです。

先日もあるメンバーと話をしていて、その人も俄然篠笛にやる気を出しているそうなのです。確かに、現状では吹けるメンバーへの負担が大き過ぎて、団体表現として演奏の幅が狭いものになっているのかも知れません。

何事も一朝一夕では成就しないでしょうが、私にとっては太鼓よりも遥かに難しいその無機質な竹の筒に、生命の息吹きを吹き込めるでしょうか?

        私の所有する篠笛は、明らかに八本調子の方が吹き易いのでした。

 2004.7.4
 何じゃかんじゃで忙しい?
(平成16年7月4日)

和太鼓人気も一段落と思いきや〜、夏から秋に掛けての演奏依頼が次々に舞い込んでいる様子。個人的にもいろいろ目標を立てて行動しようと思っていますが、演奏の機会を与えていただけることに感謝したいですね。

よく駆け出しのグループであれば、様々なイベントに積極的にアプローチして名前を売るということもあると思いますが、私達に関してはそんな時期があったのかどうかさえ知りません。幸いにも先人達の取り組みが功を奏して現状の姿があるわけで、今その流れを真摯に受け止め邁進中です。

私はどうやら安住の地があっても、それはそれに満足しながらも隙間を狙って、常に個人を高めることを模索している様です。時折、かつての私の様に満足に太鼓を打てる環境が無かったからこそ、外に目を向けた行動をされてる人に出会いますが、その行動自体に大きな違いは無さそうです。

上手く言えませんが、ソリストの集合体がグループを形成しているとするなら、集団の表現を高めるには個人個人のスキルアップを計ることが必要不可欠であり、個人の取り組める範囲の中で様々な努力はした方がいいと思うのです。あくまで、取り組める範囲には個人差があるでしょうがね。

満足して取り組める環境に安心して身を置いてしまうと、“井の中の蛙”という言葉のとおり、客観的に自分を捉えられなくなりそうですよね。

常に現状に満足することなく、些細なことでも目標を課しては、自分を追い込むことが何よりも大切と考えますが、月並み過ぎますかね?(^^ゞ


 2004.7.5
 グループに必要なメソッドと個人に必要なメソッド
                            (平成16年7月5日)

私も“メソッド”なんて言葉をよく使うようになりましたが、平たく言えば今のところ“基礎練習プログラム”って感じで使ってるかな?(^^ゞ

グループを形成する最小単位は個人です。当然、新しいグループ表現を構築しようとした時、個人個人に要求される克服すべきポイントは違ってきます。しかし、グループ練習においては、よっぽどの時間的余裕が無い限りは、いちいち手取り足取りの個人指導は出来ないと思っています。

例えば、上級者が組太鼓のリズムパターンを考え出し、メンバー全員に練習を促せども苦手意識のレベルが違うのです。その差は歴然で、手順は完璧でなくとも雰囲気から掴もうと積極的に太鼓に向かえるメンバー。与えられた楽譜を最初から完璧に理解しないと太鼓に向かえないメンバー。

その時、グループに必要なのはそのリズムパターンを演奏に使うことであり、個人に必要なのは要求どおりのリズムが叩けることです。しかし、その要求されてるハードルが高いと感じるならそれを克服するための練習パターンは、各個人が構築すべきだと思うのですがいかがでしょうか?

また、これは最近流行の組太鼓に言えることかも知れませんが、表現が複雑になれば単面の太鼓の基礎打ちの技術やセオリーは、ある意味全く通用しないと思った方がいいでしょうね。私個人の勝手な意見ですが・・・

先輩の中には、基礎練習がてらの面白いリズムパターンを作り出すのが得意な人がいます。練習の始まりにそのようなメニューは重宝しますね。また、そういった能力に秀でた人は、練習対象が大人であれ子供であれ、ベテランであれ初心者であれ、興味を引く指導が出来るんでしょうね〜。

私は、まだまだ自分のことで精一杯でゆとりがありませぬ〜ヽ(´o`;)ノ


 2004.7.6
 難しさが骨身に沁みる
(平成16年7月6日)

太鼓で少数編成の音楽表現をする場合、テンポ感を筆頭にいろんな精度が高められないことには、かなりヤバイと実感しています。ヽ(´o`;)ノ

先日、津軽三味線と太鼓の演奏を観たのですが、日頃取り組む太鼓と比べると明らかに音色が優しいのです。たぶん、メロディー楽器が入る演奏では、太鼓の音量に気を付けないと演奏の狙いが伝わりにくいのでしょう。

これまで、太鼓と言えば大勢での打ち込みスタイルをイメージし、無意識に好んでいたようです。しかし、自分の中の固定観念が変化してるのが解ります。最近ではもっぱら少数での演奏を好み、自分の関わる太鼓でも少数の中に身を置いた時も力が発揮できるようになりたいと思っています。

ここ何回かの出演では少数編成の演目に参加していますが、どうも演奏がまだまだ馴染まないのです。ちょっと、太鼓を打ち込むことに意識し過ぎるのかと反省しています。人数が少なくなったからと必然のように、打ち鳴らすことに一生懸命になるのは、半分くらい間違いかも知れません。

長く打ち込み系の太鼓に親しんでいると、力を抜く演奏が手を抜いているように錯覚してしまうのか、常にフルストロークしてしまうのでした。

少数になればなるほど、より丁寧で優しいタッチが求められるのかもね。

 2004.7.7
 使えないビデオ
(平成16年7月7日)

聴衆側から観ればいつもの出演風景なの?演奏する曲や人選は変化してますが、大きな違いは無さそうな・・・そんな視点で観てるのでしょうか?

しかし、少なくとも出演者側からすればものすごい反省材料に使えるし、その中には迅速に対処したいことが往々にして収められているものです。

私の中で自分の映るビデオというものは、記録用の映像という認識は非常に薄く、思い出の映像なんて気持ちもさらさらありません。すべてが、その時点での現在位置の確認手段と次に向けたステップアップの判断材料なのです。その辺を踏まえて迅速な映像収集に協力をお願いしたいのです。

“鉄は熱いうちに打て”とは良く言う言葉ですが、目まぐるしく変化する試行錯誤段階の表現で、のんびり何週間も待てない事情もあるのです。

使えるビデオが使えなくなる前に・・・

自分の本番を自分が撮影するのは不可能な話ですが、次の練習時にビデオカメラを持ち込んで映像収集しましょうかね〜自分の弱点探しと題して。

ある程度の弱点は掴んでいるのですがまだ不十分でしょうし、当然、その克服に向けた客観的な打開策をこれから模索しなければならないのです。


 2004.7.8
 組太鼓セットの配置
(平成16年7月8日)

むかし個人的に得られた演奏の機会に、曲を準備し臨んだことがありました。その時は、3人で演奏することにしたのですが、やはり少数になればなるほど太鼓は一つでは物足りなくなります。そこで、一人が多面使うことを選択し長胴太鼓二つに締め太鼓の計三基を配置することにしました。

最近は、右から左とか左から右とか音程の高い低いで並べることが多いように思いますが、その時は、準備した曲の音楽表現と奏法を考慮し、締め太鼓を左右両方から長胴太鼓で挟んだ配置が有効と考え並べていました。

数ヶ月前にテレビを通して久しぶりに鼓童の演奏を観たのですが、竜太郎さんも栄一さんも同じ様な配置で演奏されていました。その光景から「自分もかつてそう並べたよな〜」って、懐かしく思ったのを覚えています。

そんなことを考えると一人が多面を打つということは、フレーズを打つ際の手順や、打っていない手の軌道や打つ前後の動作そのものも重要な魅せる要素なんでしょうね〜その辺を考慮すると配置にも拘りが出そうです。

あるいは、配置はオーソドックスに拘らなくとも、それらを使った効果的なフレーズの組み立てを考えるのも、また違った楽しみがありそうです。

一番注意したいのは、太鼓が沢山並んでいるからとか、注目ポイントで頑張ろうとリズムを欲張ると、かえって面白くない演奏になりそうな気がするのです。その山が越えられれば組太鼓の苦手意識も無くなるのですが。


 2004.7.9
 効率が悪い?
(平成16年7月9日)

とろける様な連日の猛暑。梅雨というのも関係なく、はたまた予報が外れてにわか雨さえ降らない毎日に身体が悲鳴を上げています。ヽ(´o`;)ノ

昨日は日が傾き出した頃急に忙しくなり、仕事を終えたのは午後9時を回っていました。ここのところ、遅刻はしても木曜定期練習を休むことはなかったのですが、結果的には残念ですが行くことが出来ませんでした。

仕方なく(?)風呂上りに缶ビールを飲みながら、他所の団体の映像を眺めて夜を過ごしました。その中には伝統芸能と呼ぶに相応しい太鼓や、軽音楽的な創作太鼓、大合奏の創作太鼓と様々な団体が演奏されていました。

伝統太鼓からは、地域に根付いた独特の雰囲気が存在感のある叩き方に自然に表れていました。それに比べ、全国に愛好者が広がる創作太鼓の分野ですが、やはり効率的な音の出し方や基本的な身体の使い方が似ているので、“差”を出すのが難しくなってきているように感じてしまいました。

どうしても曲そのものの出来で差別化を計ろうと、創作系ではおのずと複雑化する傾向があるようです。可笑しなもので、伝統系に近づけば近づくほど曲の構成自体はさほど複雑でなかったりします。ハードで差別化された伝統系とソフトで差別化された創作系と両極端な印象を受けました。

自分が関わっている太鼓、あるいは志す太鼓はどんな分野のエッセンスをどれくらい取り込み成長していくのでしょうか。まだまだ夢の途中・・・


 2004.7.10
 ミネラル炭酸水
(平成16年7月10日)

もうずいぶん前に「夏の喉の渇きにはミネラル炭酸水が良い」と聞いていました。ちょうど、去年の今頃から○リベートを時々買って愛飲してるのですが、500mlのものではほとんど炭酸水であることが解りません。

愛飲当初は1.5lのペットで買っていたのですが、その時は炭酸水であることもよく解った替わりに味も不味かったのです。ところが、500mlはなぜか飲み易いのです。それって炭酸が抜けているからでしょうか?

ミネラル炭酸水を飲んでいるからといって、特段身体の調子がすこぶる良くなったという実感はありませんが、不足しがちなミネラル分が摂取できて、多少なりとも健康維持に役立ってるのだろうと信じて疑いません。

しかし、こう毎日暑いとついつい缶ビールに手が出ちゃって、そちらの飲む量が増えてダメですね〜。ビールは炭酸が抜けてたらえらいことになっちゃいますが。夏場の喉越しはビールに適うものは無さそうで、企業利益に益々貢献しちゃいますわ〜「この身を削ってでも」と言いたいところですが、「この身を増やしてでも」と言わざるを得ませんね〜。(^^ゞ

最近は、もっぱら「K−1ファイター並の腹回り」と豪語して、これは柔らかい筋肉だと自分に言い聞かせています。何とも虚しい限りです・・・


 2004.7.11
 二箇所は確保しようキャンペーン?
(平成16年7月11日)

何の話かとお思いでしょうが、太鼓の演奏曲の中で自分が得意にこなせるポジションを、最低二箇所に増やす意識が大切かなということです。

もちろん、先輩の中にはすべてのパートをこなせる人間がゴロゴロいますが、私のような者は出演メンバーの増減などに応じて、これまで確保してきたパートを手放すことが多くなってきたからです。これは、何も最近に始まったことではありませんが、大所帯の我が団体では、やむを得ず演奏から外されるメンバーの精神的なたくましさは以前から感じています。

むかしこのトップ頁でも話題にしましたが、「ここのポジションは絶対にあいつで無きゃダメだ」と認めてもらうことも大切だと思いますが、演奏メンバーの顔ぶれによってはその場を潔く譲れる懐の深さと、さらに、別のポジションででもいつでも使ってもらえる努力は必要だと思うのです。

言わずとも皆同じ気持でいることでしょうが・・・

そんな中、静かなブームになっているのが笛のポジションなのでした。残念ながら満足にこなせられるメンバーがほんの数人しかいないので、頑張り次第では注目を集められるのは、ほぼ間違いないでしょうね〜たぶん。

まあ〜何でもそうでしょうが、得て不得手もあるし個人のセンスも大きな要因でしょうから、一概に本番で使ってもらえるレベルに到達するのは至難の業だと思います。私なんて間違いなく一番遠い存在だと思ってます。


 2004.7.12
 あちゃ〜6(-_・;)
(平成16年7月12日)

先日の練習で些細なことですが、小耳に挟んだ言葉で個人的に衝撃を受けたことがありました。私が半年ほど前から、バチの製作でお世話になりだした木工職人さんの話は記憶に新しいことだと思います。

その後、メンバー内にも広く知れ渡り多くの方がお願いするようになりました。そんなこんなで、仕事と受け止めていただく分には盛況なことと思いますが、ちょっとばかりお願いする側のモラルが心配になっています。

人によっては頼み方はまちまちだろうなと想像しますが、作り手の身になって解り易くきちっと伝える義務があると思うのです。時折、間に入っていただいてるメンバーが気の毒に感じてしまうのは私だけでしょうか。

どこに頼もうが、材料の癖や加工の癖など多少の違いが生じるのは仕方が無いことです。ある程度はお願いする側も勉強の期間が必要だと思っています。それを初めての注文でもって、寸分違わず自分の希望通りに作ってもらおうと思うのは何か違うかな。伝え方にもよるでしょうが無理な要求だと思うのですがいかがでしょうか?さらに、文字入れなどのサービス作業に関して感謝の気持ちこそあれ、クレームをつけるなんて言語道断!

何なんでしょうね〜恵まれた状況が当然に思えてしまって、便利なことや都合のいいことが素直に有り難く思えないのでしょうかね?ヽ(´o`;)ノ


 2004.7.14
 試験勉強
(平成16年7月13日)

実は、今日の午前中は仕事を休みある試験を受けて来ました。受験後に模範解答が貼り出され自己採点すると満点でした。合格間違いなし!ъ( ゚ー^)

直接仕事に関係することでもないし、人によっては全く魅力の無い資格でしょうが、個人的には今が取得するチャンスだと判断したので、忙しい仕事の合間を縫っては試験対策に勉強を重ねていたのでした。(^^ゞ

これに弾みを付けて、いっちょ資格マニアになってみようかしら?

次回からは、是非仕事に役に立ちそうなものをチョイスしながら、せっかく身に付いたであろう勉強する癖を無くさないように持続させなくちゃ。

試験といえば・・・日本太鼓連盟の資格認定事業ってどんなものなんでしょうかね?何年か前に受講のチャンスが巡ってきましたが、その頃も仕事が忙しく私自身は参加するには至りませんでした。その後にもう一度チャンスがありましたが、級の取得ではなく湯布院の長谷川さんの講習を希望していましたが、参加申し込みの手続きが間に合わず諦めたのでした。

資格認定のあり方には、個人的にいろいろ考えるところはあるのですが、一度も参加しないであれこれ考えていてもしょうがないのかなって思い始めています。いっちょ参加できそうなスケジュールを確認してみるかな?


 2004.7.14
 うぜぇ〜よ!
(平成16年7月14日)

太鼓関係のネタが尽きてきたのでトップ頁の内容も頭を捻る今日この頃。

歴史的な背景や私が生まれていない時代の出来事など、もっともらしい意見を述べるには青過ぎる私ですが、個人的な感想を書きたいと思います。

北朝鮮による拉致被害者家族の再会報道が取りざたされていますが、おととし、5人が帰国した歴史的な報道に涙した私も「もうええわ〜」という気になっています。あえて下衆な考え方で見れば、ああいったことに要する費用は間違いなく税金から賄われていると思うのですが、はたして?

次第に被害者への同情意識を通り越して「恵まれ過ぎじゃない?」とさえ思い始めている自分がいますし、そんな部分を嫌に思う自分もいます。

拉致被害者の会の分裂も懸念します。「そら、あの家族は良かったね」となりはしないのでしょうか?帰ってきた人の関係者とそうでない人の関係者の間には、恐らく目に見える確執が生じてくると思うのですが・・・

外れて欲しい予想ですが、あれだけお金を使って一部の被害者家族に対応してる政府は、それ以外の被害者に関しては、本気で探し出す気が無い様に思えてしかたがありません。仮に何十人という被害者全員の消息が掴めたとして、その家族全員に同じ様に湯水の如く税金を使うのでしょうか?

私の家族はこう言います。「仮に北朝鮮に拉致されたとしたらもう帰って来ないと思って探さんでもええから・・・」冗談でも笑えない言葉です。


 2004.7.15
 木曜練習レポ?
(平成16年7月15日)

いつものように若干遅れての参加となりました。外に漏れる音から判断して「一塊」の真っ只中。たまにはこうして客観的に聞くのも勉強になりますね〜なかなか音の粒に注意しながら演奏できてるように感じました。

新しいメンバーも見よう見真似ですが、一緒になって曲練習に取り組んでいました。新旧メンバー入り混じって文字通り一つの塊でした。どこかのタイミングでは、手取り足取り教える必要があるのでしょうが、今はまだ目の前の出演に向けた練習にウエイトがあり過ぎて余裕がありません。

最近では世間の太鼓チームとは逆行するように、男性メンバーの加入が目立っていますから、ベテランメンバーの女性陣の一角を崩すようになるのか、はたまた男性陣のポジション争いが激化するのか益々楽しみですね。

この木曜日の練習というのは、基本的には新人メンバーには辛い部分が多いと思います。曲を覚えるにしろ、いちいち最初から懇切丁寧には教えてはもらえないでしょうし、時間内にそれぞれが目標を定めて取り組んでいるでしょうから、雰囲気も終始ピリピリしてることが多いと思います。

早くこういった状況を理解して、自分の居場所を探すことが上達の一歩だったりするのでしょう・・・非常に難しい部分ではありますが。6(-_・;)

さあ、古株メンバーもうかうかしていられなくなって来ましたに!?


 2004.7.16
 セカチュー?
(平成16年7月16日)

「世界進出したピカチューか?」とか言ってた芸人がいたけど(;^_^A

正確には略しても「世中」と書くべきなのでしょうか?私は未だに映画も観ていなければ、原作も読んではいませんが、原作を読んだ多くの人が言います「なぜこの作品がこんなにもブレイクしてるのか解らない」と。

そんな感想は右から左に流し、私は現在放送中のテレビ版「世中」にはまっています。配役がいいのか映画を観ていないから素直に物語の中に引き込まれています。テレビ版の主題歌に柴咲コウを使うところもまた上手いな〜と感じています。単純に歌唱力のある女優としても評価しています。

始まって数話の段階ではまだ泣いていませんが、徐々に物語が進行するに従い涙腺も緩んでくる予感がしています。ふだん、それほどテレビ番組に固執する方ではありませんが、今のところ毎週欠かさずに観ています。

話の序でに、今のクールでもう一つはまってるドラマに、「ラストプレゼント」というのがあります。こちらのストーリーも泣ける自信満々で、すでに時折ウルウルしながら観ていたりします。泣ける話が主流なのかな?

方や“甘く切ない青春物語に忍び寄る病魔”と、方や“離婚後の父親に引き取られた我が子に注がれる余命幾許も無い母の愛情”といった話です。

さあ、どの様にストーリーが展開していくのか来週が待ち遠しいですね。


 2004.7.19
 果してそうなのかな?
(平成16年7月19日)

今日は子供クラスの出演でした。当然、集まれる大人メンバーは太鼓の搬出入や舞台の転換作業などを自主的にこなします。そのため、スタッフとして動ける人間には黒いTシャツの着用が自然に促されました。

会から購入する黒いTシャツが、この様な時に大変役に立つのですが、私は前日に別件で使用していたので洗濯の真っ最中でした。大慌てでなるべくロゴの少ない黒いTシャツを探し出して現場に駆け付けました。

現場の舞台の様子から搬出入のタイミングや捌け口の確認、他の出演者との楽屋の入れ替わりの時期や太鼓の準備するスペースの確保など、主催者側のスタッフとその場で必要最小限の打ち合わせを短時間でこなし、瞬時に集まった人間で手分けしながら役割を分担しました。

さすがに、集まれた大人メンバーが少数であったので大忙しの舞台転換でしたが、片付け作業に至っては親御さんが自主的にお手伝いいただき大助かりでした。太鼓を車に詰め込んだ後は、子供達を親御さんに引渡し自由行動です。各自思い思いに主催者からいただいた金券を使って、カキ氷やおつまみを食べながらあちこちで団欒の席に着いていた様です。

そんなこんなで気持ちよく生ビールを飲んでる私に、ある父兄からあまり聞きたくないけど貴重な意見を頂戴してしまいました。「会の黒Tシャツを身に付けているにも関わらず転換作業に加わらず、お客さんと同じ様に終始観覧していた人は可笑しい!」というものでした。ごもっともかな?

でも、私としては前もって、キッチリとした役割分担を打ち合わせ出来る様な催しでも無いので、作業の手は現場に居合わせた個人個人の自主性に任せていると答えました。後になって考えれば「そういや〜あの時は居なかったな」と思っても、それをいちいち咎める気持ちは私はありません。

ただ、作業スタッフと同じ様な身なりにも関わらず、客席に混じっていたことへの他からの視線に対しては、その個人個人が対処すべきことだと思います。どうしても客席から見たかったのでしょうから、せめてその時だけでも薄手の上着を身に纏う様な配慮は必要だったかも知れませんね。

いちいちメンバーの事情を把握していませんでしたが、小さな子供の面倒に気を配っていただいてたりしたのだと思います。意外と舞台の外でもやることは一杯在りますから、一つの視点だけでは物事は判断出来ません。


 2004.7.20
 いい加減って最高!?
(平成16年7月20日)

先週末のこと。私は、団体の法被に袖を通し仲間3人で隣町の祭りにお邪魔することになりました。実は、隣町の太鼓団体に所属する私にしてみれば、その隣町の祭りこそが生まれ育った町のお祭りだったりするのです。

いろんな人の縁があって、この夏も参加することを決断したのでした。

本来、3つの神社の神輿が主役の祭りでして、その賑やかしに始まった太鼓でしたが、今となっては神輿の巡航を妨げないように工夫しながら、独自の太鼓山車でもって祭りを盛り上げる大行列に定着していたのでした。

パレード中は、大筋で決まっている笛の旋律に太鼓や鳴り物が終始アドリブで伴奏し、ところどころで威勢の良い掛け声で囃し立てるのです。

神輿の動きから一箇所での待機時間が長くなると、太鼓パレードに参加する太鼓チームが持ち曲を披露したりします。また、堀田太鼓店からお借りする5尺の長胴太鼓もいつもその場を盛り上げています。今回、少々叩かせていただきましたが、思った以上に皮の張りが悪くて手強かったです。

決められた時間に決められた場所でもって、段取りどおりの演奏をすることに慣れてしまった私達にとって、一見すると打ち合わせも間々為ら無い様ないい加減な演奏が、物凄く楽しかったりするのです。また、その場その場の状況から飛び入りで演奏に参加しても全然OKって感じで、出たとこ勝負とやったもん勝ちって雰囲気を最高に満喫することが出来ました。

来年からは、正式なオファーが無くとも必ず来て下さいとのことでした。


 2004.7.21
 楽譜と睨めっこ
(平成16年7月21日)

あまり演奏する機会の無い曲を、この夏のイベントでは演奏することになりそうなので必死になっています。とは言っても演奏メンバーに選抜されるかどうかは別問題ですけど、いつもの様に心構えは前向きに!ъ( ゚ー^)

手元にある楽譜のコピーは、どうやら作曲者自ら直筆されたものの様ですが、少しだけ見慣れた楽譜と勝手が違うので苦労しています。それに、長年の間に演奏スタイルやアレンジが微妙に変わっているところもあり、譜面を追いかけていても今のスタイルにマッチしていないと思えるのです。

先ずは、締め太鼓のパートらしき部分を眺めていましたが、大きく3〜4つのリズムパターンがあり笛のメロディーの変化に合わせて使い分けている様でした。手順は難しくは無いのですが、かなり慣れが必要なのです。

それこそ、普段から口にしてる様に“手順を追いかけてます”的な演奏になる可能性が高く、曲の持つ雰囲気をマスターするのが肝だと思います。

なんじゃかんじゃで、週末ごとに太鼓の演奏イベントが詰まっていて、じっくりと練習出来る時間が作り出せないのではないかと心配しています。

自宅でも出来るイメージトレーニングなどは各自こなしてくるでしょうから、練習の空いた時間に如何に効率よく合わせられるかでしょうかね〜。


 2004.7.22
 続ミネラル炭酸水
(平成16年7月22日)

わざわざその為だけに出掛けるには少し遠いのですが、丁度太鼓の練習帰りに立ち寄れる範囲でミネラル炭酸水を置いているお店を発見しました。

先日話したものより炭酸がキツ目のものですが、最近そのシュワシュワ感にも慣れて来ました。基本的にこの様な水は美味しく感じませんが、喉の渇きを癒すのと余計な糖分やカロリーの摂取が控えられるので重宝しています。しかし、相変わらずのビールの消費量はいかがなものか?(^^ゞ

割りと安価で買えるそのミネラル炭酸水、今週末に予定されている遠征にもクーラーボックスで持参しようかと考えていますが、荷物になるな〜。

遠征といえば、昨夜の練習ではそれに向けた最終のツメの作業が行われました。まだまだ、合格ラインには程遠いと思えて為らないのですが、先輩と対でこなす演奏ではかなり意志の疎通が出来てきた様で、二人の動きの精度が前回の練習時よりも確実にアップしてるような気がしています。

後は、当日のリハーサルで最終チェックをし本番に臨むだけです。ъ( ゚ー^)

日中の炎天下で行われるであろうリハーサルでバテ無いように気を付けなければいけないでしょうね〜。何とか本番までパワーを温存して・・・


 2004.7.23
 用意周到
(平成16年7月23日)

今年の3月の中頃だったと思いますが、大太鼓一本打ちにでも参加出来る様に作ってもらったバチがありました。残念ながら我が団体の長胴を叩く時には不向きだった為に、ずっと眠らせたままになっていたものです。

先週末のお祭りに参加するにあたり、堀田太鼓の5尺長胴の存在を知っていた私は、叩くチャンスがあるかもとそのバチも持参していたのでした。

太鼓山車として、パレード中は二人の女性太鼓打ちが5尺の上に跨り、長く細いバチで伴奏していましたが、そのチャンスは突然やって来ました。

長丁場の太鼓パレードの休憩時間の時、黄色く白い泡の立つガソリンを満タンにした私は、またもや調子をこいてしまったのでした。これぞ祭り!

地元団体の大将が締め太鼓でアドリブ演奏を開始し、大太鼓を叩くよう促されました。締め太鼓のフリが噛み合わないながらも何とか大太鼓に向き合いましたが、叩き始めて直ぐに張りの悪さに気付いてしまったのです。

しかも、さっき流し込んだアルコールが回る回る・・・ほんのちょっとで打ち止めたら予期せぬブーイングの嵐。俺を殺す気か〜!?ヽ(´o`;)ノ

常々思っていることですが、急にアドリブ演奏を振られて特に大太鼓の場合、上手くコンパクトに纏められないのが私の技術の無いところですね。あれもやりたいこれもやりたいと思っても身体が付いて来ませんでした。

でも、そんな中でも一つだけ前からやって見たかったことを実践したのです。それは、バチ全体を使い拳骨もろとも打ち込む音を4発程味わえたのでした。まあ〜皮の張りが緩かったから思い切れた技?ですが。(;^_^A


5尺の刳り貫きとの相性はバッチリでしたъ( ゚ー^)

  Φ36−530mm
  重さは、約230g

 2004.7.25
 遠征の成果は如何に!
(平成16年7月25日)

昨日は、リーダー不在の状況の中で大きなステージをこなして来ました。

リーダーが不在の出演はこれまでにも何度か経験していますが、いつに無く「ヘマは出来ないなあ」という緊張感は誰しも持っていたようです。

不安な箇所は何点かありましたが、本番が終わってからの感想は周りの仲間からも、お客様の反応からもまずまずの出来であったと喜んでいます。

それよりも、たまに遠方まで出向きますと長い道中の一見くだらない会話や、早朝から夜遅くまでの長い時間を仲間と共に共有することで、無意識のうちに自然に連帯感が高められたと思っています。

演奏終了後に片付け作業をしていると、その地域の太鼓団体の方で以前から好意にしていただいている方が、「上手くなったなあ〜」と話し掛けて下さり嬉しかったです。この日はお客様として観ていただいたそうです。

主催者からは、参加したうちのメンバー全員に一台ずつ扇風機をお贈りいただき、太っ腹なお土産に仲間一同感激いたしました。この扇風機を使えば、まだまだ続く暑い夏場の出演が元気に乗り切れそうな気がします。

んが、翌日の練習を欠席した私の分は未だ手元にありません。(T。T)

いよいよ次の週末は夏の高虎楽座です。出演の機会が少ない子供達にしてみれば、いわば夏の定期発表の場とも言えそうなイベントです。

大人に負けじと子供達には頑張ってもらいたいし、その元気な子供達に負けないように大人クラスも精一杯楽しんでやろうと思っています。

毎週末ごと気が抜けない出演が続きますが、この仲間とならやり切れる!


 2004.7.26
 昨日は南へ、今日は東へ・・・?
(平成16年7月26日)

昨夜の熊野市での出演を終え、明けて日曜日の定期練習と出演を欠席した私は、一人の太鼓好きとしてノコノコと単独行動をしてしまいました。

以前から悩んでいて、地元での活動状況やイベントに向けた練習の進み具合などを考慮して参加を申し込んだ林田さんのWSを受講するためです。

その場所は、愛知県は東加茂郡旭町と言いますが全く未知の領域でした。

参加申し込みの後に役場の担当者からメールを頂戴し、不明な点は遠慮なく質問しては懇切丁寧に教えていただきました。その甲斐あって、無事会場となっている旭町役場近くの総合体育館に到着することが出来ました。

受付開始まで少し時間があったので、イメージを掴むために本番の会場を下見しようと車を走らせましたが、至る所で通行止めがされていて何度も道に迷ってしまいました。そんなこんなで時間が無くなり諦めて会場へ。

受付にいらした役場の担当者に、メールでのやり取りのお礼を申し上げ体育館の中へ。久しぶりの再会に先ずは林田さんに挨拶し、桶胴太鼓の調べ緒を締め上げいつでも叩ける準備を整え開講を待つことにしました。

程なくして、WSが始まりました。私は、生抜きの猛者が犇めく中に飛び込んだ思いで臨みましたが、初心者の方や経験の浅い方も多く、基本的な桶胴の扱いや調べ緒の締め方に午前中の大半を費やす幕開けでした。

私自身、担ぎ桶が好きにも関わらず日常的には全然練習出来ない状態ですから、ここ一発の集中力には定評があります。しかし、その集中の糸が切れそうになることがしばしば・・・お子様連れの方も何人かいらしたのですが、講義中にペタペタ歩き回ったりするのは仕方がないのでしょうか?

なるべく気にしない様に集中力を保ちながら、要求されるスキルに取り組む中で、一際オーラを発する打ち手が数人確認出来ました。内容が本格的な楽曲へと移り練習も佳境に入ってくると、その様な方々の何とも言えない雰囲気に助けられながら、難しい曲練習を楽しむことが出来ました。

10月に予定されているイベントで叩くことを視野に入れた今回のWS、参加申し込みの時点では何とか都合が付くと判断しました。しかし、申し込みから一週間ほどした頃にリーダーが「ずいぶんの先の話やけど」と、前置きしながらも地元団体での別件の太鼓フェスティバル参加が決定しているとのこと。開催日時は・・・全く同じじゃないですか〜( ̄□ ̄;)!!

目まぐるしく変化する状況に上手く自分を乗せなければ、周りの方々に迷惑を掛けてしまう。どっちつかずにならない様に・・・今後の課題です。


 2004.7.27
 3ヶ月ぶりに担ぎ桶を叩く
(平成16年7月27日)

思えば4月の成田以来担ぎ桶に触っていませんでした。自称桶好きではありますが、その言葉とは裏腹に意外と叩く機会が少ないのが玉に瑕かな。

馴染みの木工職人さんに作ってもらった担ぎ専用のバチも、しっかり試すことが出来ましたし、林田さんがお話された「肘から親指まで」という考え方に、偶然ピッタリ当てはまっていました。実に、成田で試行錯誤したものより3cmも長さを伸ばしたことで、一つの理想に近づけた様です。

この日持参したのは向日葵でした。その為、担ぎには適さないとされる牛皮でしたが、私は広く推奨される馬皮に負けじとこの牛皮の音色には拘っています。ややもすると、下手な馬皮より欲しい音質だと思っています。

WSのすべてのプログラムが終了し、ほとんどの方が帰路に着いた頃を見計らって、林田さんを捉まえてお話させていただきました。自分が日頃桶胴について考え仮説を立てていたこととか相談すると、その仮説を裏付けるような明確な答えが飛び出すので、その豊富な知識に驚かされました。

いろんな太鼓打ちが独自の理論や理想論をお持ちだと思いますが、多くの方を魅了して止まないその理論武装されたテクニックと音楽性は、人気に比例する形で人々に受け入れられているのだろうと思っています。

WSでは、時折「先生、先生」と連呼する方が思いのほか多いことに気付いてしまったのですが、私自身は“先生”という言葉自体に、それほど敬意を表する値打ちが無いと思うのですが、人それぞれでいいですよね。


 2004.7.28
 二兎を追うものは・・・
(平成16年7月28日)

担ぎ桶の第一人者である林田氏の言葉をお借りすれば、「伏せても担いでも使えるようにと牛皮の桶を選択するのはお勧めできない。伏せて使うならそれ用の桶胴を、担ぎで使うならそれ専用の桶胴を準備したい。」とのこと。そうでないとどっち付かずに為ってしまい、一つの桶胴に二種類の最大限のパフォーマンスを求めるには限界があるということでしょう。

確かに、他の担ぎ桶胴太鼓を使う奏者や林田氏の理論に基づいた技術を習得し磨くには、通常の牛皮では不可能とは言いませんが、限界が低く別の問題が発生し難しいんじゃないかということは、以前からそれなりに推測し理解していたので、今更そんな話に驚くことはありませんでした。

しかし、向日葵と呼ぶ私の牛皮の桶胴太鼓は、馬皮に遜色ない音質とパフォーマンスを、いや物によってはそれ以上の音を響かせる可愛い奴です。

今から5年ほど前に浅野太鼓で作ってもらったものですが、未だに全く同じ桶胴太鼓をステージで使ってる奏者を見たことがありません。私の勝手な推測なのですが、恐らくその頃は、浅野の桶胴太鼓と言えば英哲型を手に入れたいと思うのが自然の流れだったのではないかと想像するのです。

「担ぎとして使うなら馬皮が適している」というのが浸透した今、買うとしたら絶対に近年開発し発売されている林田モデルを手にするでしょう。

そんな時代になったからこそ余計に、虫送り用の太鼓として古くから作られていたと聞きます、浅野の担ぎ専用牛皮桶に愛着が湧いてくるのです。


 2004.7.29
 いろんな桶と結び方
(平成16年7月29日)

先日の旭町でのWSに参加した時、受講者の皆様方が持参された太鼓を拝見してみて、同じ調べ緒の通し始めでも最初の結び目の処理や通す方向に違いがありました。どれが良いとかでなくってすごく勉強になりました。

ロープに関しては、やはり三つ打ちと金剛打ちの二種類が主流の様でしたが、その両方を使ったことがある私としては、三つ打ちロープで伸縮性の小さいものが好みです。しかし、麻はチクチクするので別のタイプかな。

それと、予め自分の手に入れた桶の締め方を熟知する必要があると思うのですが、結び目を上にして左側へ通されてるのか、結び目を下にして左側へ通されているのか(結び目が上で右側へ通すのは同じこと)が重要です。

いずれの方法にしろ得て不得手で選択すればいいでしょうが、縦締めの方向と横締めの方向を同じにすることは基本の様です。私が桶を買ったばかりの頃は誰に教われる訳でなく、締める方向を間違えたこともあります。

まあ〜これから取り組むのであれば、思い切って自分のやり易い方法で調べを一から通し直すことをお勧めしたいですね。そんな意味では林田さんが紹介している通し方は、もっともスタンダードな通し方だと思います。

桶の部分もたくさんありまして、最近では自作される方も増えていると聞きます。私も今まで桶の部分には拘って来たのですが、鳴りを左右する決め手は意外と皮そのものにウエイトが大きいという結論に達しました。

素晴らしい桶にも関わらず、皮一枚で鳴らない桶もいくつか見てきましたし、私自身は直接関係していませんが聞くところによれば、クレームの多さからでしょうか発売を中止された皮や太鼓の存在も知っています。

たかが紐・・・、されど紐・・・。

たかが桶・・・、されど桶・・・。

たかが皮・・・、されど皮・・・。

「たかが」なんて(;^_^A、どれも皆すべてが重要な要素です!ъ( ゚ー^)


 2004.7.30
 バラつきが出てきたなあ〜
(平成16年7月30日)

またまた、大太鼓用にとバチを2セット注文してたものが完成して来ました。この半年近く様々なバチをお願いしては、材料の癖や職人さんの癖を把握したつもりでいました。その辺りを踏まえて、長さや太さを指定すると重さまでもが、ほぼ私の予測の数値にピッタリ仕上がっていたのです。

しかし、残念ながら最近は仕上がり具合にバラつきが多くなってきたのです。恐らく、多くの方から大量に注文が舞い込む様になり、調達する材料にも微妙にバラつきが出てきてるのかも知れないと想像しています。

いずれにせよ、私の希望するバチも一段落しましたので、折れない限りはしばらくは注文しなくて済みそうです。やれやれヽ(´o`;)ノですわ〜。

ここ数ヶ月の練習では、大太鼓のポジションをいただくことが多くなり、自然に今まで持っていたバチも消耗してしまうしで、それに代わるバチをいろいろと模索していました。その甲斐あって、今回完成して来たバチも大変気に入っています。しばらくは、安心して使いまくれそうです。

まあ〜だからと言って、無茶な使い方をすればすぐに逝ってしまうでしょうから、自然に本数が減ってきた以前から使ってるタイプを予備バチに回して、順次導入する新しいものを本番では使っていこうと思っています。

それはそうと、早く浅野のバチバッグを手に入れないと・・・大太鼓用のバチだけでいつものケースが一杯になりそうで、やはり二つは欲しいね。




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