Every Day 〜日々雑感〜


 2004.11.1       
 魔の11月と言いながら昨日の反省
(平成16年11月1日)

11月の下旬にメンバーの門出を祝うパーティーでの演奏があります。その席では、およそ半年以上演奏していない曲なのですが、最後の盛り上がりに使おうと準備を始めました。非常に賑やかな雰囲気を醸し出せる曲ですが、私自身戸惑いを感じました。それは・・・

以前この曲を演奏した時は大太鼓のポジションをいただき、そこはほとんどお任せ状態だったのですが、今回は持参出来る太鼓の数も僅かで、予め作調された手順を演奏するパートが極端に少ないと感じてしまいました。

さらに、櫓の大太鼓も両面打ちになる可能性が高くなり、あまり左右で違うことを遣り過ぎるのもどうかと昨日の日曜練習を振り返っています。

その辺を考慮すると、楽譜に記載された手順を相方と打ち合わせする必要がありそうで、何か手順を追い掛けています的演奏に萎縮してしまわないだろうかと余計な心配をしてしまいました。まあ〜取り越し苦労でしょうが、基本的には必要最小限の秩序を守ったアドリブ演奏で問題ないかな。

しかし、いろいろ練習中も試してみたのですが、やっぱ、重低音のベース音を大きく鳴らすのが最適だよな〜。桶太鼓も中太鼓も大太鼓も似かよった手順では煩いだけだろうし、後は裏面の相方との段取りを私が作るか?


 2004.11.2
 DVDを鑑賞する
(平成16年11月2日)

鑑賞すると申しましても名高いプロの演奏では無く、過日のお祭りでの自分達の演奏を収録したものを事務局の方よりいただいたのでした。

何やら地元ケーブルテレビでも特集の番組があったそうですが、隣り町に住む私はその番組は観ることが出来ず、内容は一切解っておりません。

通常ですと、自分達の演奏は反省材料のような視点でチェックするのですが、今回いただいた映像は何度観ても面白いのです。もっとも反省もしない訳ではありませんが、一観衆としても飽きの来ない演奏なのでした。

何十人あるいは何百人での太鼓演奏というのは、今の時代全国的にも珍しくはありませんが、私達のリーダーが作調した言わば普及曲を、私達のグループが色とりどりの法被で演奏したのです。この日の演奏だけに準備した特別のアレンジも功を奏して、私的には大成功だったと思います。

また、単独の大人クラスの演奏曲も個々の反省箇所はあるでしょうが、横打ちを担当した私も裏打ちの相方の提案をイメージ通り演奏出来たと自画自賛しています。その光景が笑えて繰り返し再生してしまうのかもね〜。


 2004.11.3
 私の引っ掛かり
(平成16年11月3日)

子供達でも一般会員でも言えることなのですが・・・

「さあ〜今から演奏です。それではどうぞ(構えて!)!」の後の構える動きに、誰も指摘しないけど落とし穴が隠れているように思います。

いつもちゃんとした合図や号令がある訳ないのですが、練習であれ本番であれ、演奏する直前の動きがバラバラ過ぎてかなりマイナスに感じます。

掛け声であったり、声が無くともリードする人間の動き始めを切欠にし、「1、2、3」とテンポよく構えられたら気持ちが良いのですがね〜。

今から心を一つに曲を演奏するのにも関わらず、太鼓の音とは関係ないとは言え、あまりにも意思の統一が計られていないのが丸出しなのでした。

「何を当たり前のこと言ってんだ?」と思われるでしょう。一見無秩序なその儀式は、おおむね許される範囲の動きで今まで容認されていたのだと思います。しかし、最近のそのズレは明らかに修正が必要な時期に差し掛かっていると思うし、ひょっとすると、指導部メンバーの意識のズレも悪い方向で投影してしまっているのかも・・・


 2004.11.4
 練習フレーズの大切さ
(平成16年11月4日)

「練習フレーズ」という言葉で、どのようなものを想像させるのでしょうか?定義付けする気はさらさらありませんが、概ね1小節から4小節、時には8小節程度のものとお考えいただいて差し支え無いかと思います。

手慣らしで多様するリズムであったり、それらの集合体であったり、気に入ったフレーズであれば将来的には曲に発展させられたり、ソロパートをもらえた時に役立つ音の引き出しを構成するものであったり・・・

たったワンフレーズでも、自分の得意なパターンを増やす練習は大切なことだと思います。自分で作れないのなら、日頃から苦手とする持ち曲の一部分でも構わないでしょうし、勝ち癖を付けないと安定した演奏は無理。

今、演目の中でソロ回しを取り入れた曲が何曲かありますが、安定してそのポジションに着いているのは、なぜか限られた顔ぶれになっています。

このことについては二つ意見があるそうですが、頑張っている者とイケてない者との差が自然に広がっている?もしくは、先人のポジションを蹴落としてまで自分が着きたいという野心(良い意味で)を持つ人が少ない?

私も自己分析では遠慮の塊ですが、良い意味の野心家だと思っています。


 2004.11.8
 火の車
(平成16年11月8日)

11月に入ってからまだ一度も太鼓練習に参加出来ないでいます。ここ数年は、どうにかこうにか仕事やプライベートを調整しては、練習時間の確保に努めて参りましたが、どうしても対応しきれないのでした。

過日には子供達の出演や、今後は我々の出演スケジュールもあると聞いていますが、他のメンバーにお願いするしかないのです。残念ながら・・・

今回ばかりは、潔く出演メンバーから外されても仕方ないと割り切っているのですが、なかなかそうも言ってられない様子。何とかモチベーションを保とうとしていますが、どう考えても頭はパニック寸前だし、身体が二つも三つも欲しいのが本音・・・でも、絶対に無理な話は解ってるし。

すでに、幾つか予定をキャンセルすることも考えていますから、何とか最善の道を軌道修正しながら邁進しているところです。序盤は先ず先ずの身のこなし、一番ネックなのが中旬から下旬に掛けての終盤戦なのでした。

正直、このトップ頁の更新もかなり滞るのは必至です。いつか笑い話としてネタに書き綴れる日が来るといいのですが、今は思考停止状態かと。


 2004.11.10
 舌の先が乾かぬうちに更新(^^ゞ
(平成16年11月10日)

小春日和が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?次第に週末頃から寒くなるとの予報だそうです。今のところ、仕事時の長袖上着の下が半袖で過ごせているのが、この時期には珍しく私は驚いています。

久しく太鼓の練習に顔を出していないと、トップ頁の話題にも詰まるのですが、次の木曜練習には参加出来るように努力してるところなのでした。

前回練習に参加した時のこと。

桶胴太鼓が好きだと知ってかあるメンバーが、いわゆる担ぎ桶のダバダバ打ちを質問してきました。掻い摘んで書き出すなら、3連符で捉えるべきなのか、16分の4連で捉えるべきなのかということでした。

当然、高速で打てるはずのない私は、これまでの経験から初めの一歩としては、3連符で打つことを勧めました。しかし、プロのパフォーマンスを真似てアマチュアにも浸透した表現では、厳密には1拍4連、1拍5連、6連とテンポアップしているのでしょうから良い回答ではなかったかな。

前から時々話題にしていたと思うのですが、個人的にあのパフォーマンスは好きではありません。上手いと思える人はほんの一握りの様な気がしているし、猫も杓子も遣りたがってると感じてしまうところでしょうか。

少し話は逸れるのですが、「三宅」や「屋台囃子」といった伝統曲を演奏レパートリーにし、得意に演奏していた若いチームに、親しい人を通じ助言したことがありました。「自分らの様に完璧にコピーし演奏出来るチームは他にいないと思っていたら大きな間違いだよ」と。自立した考え方の創作太鼓ほど誰かの真似事はしないものだと、私の身の回りの環境や地域性を充分理解しての発言でした。その言葉が届いたかどうかは知りませんが、今ではオリジナルを中心に演奏してると風の便りで聞こえています。

遣れる技量や力量が身に付いていたとしても、安易に表現しないという美学があってもいいかなと。また、生意気言ってるよ〜ヽ(´o`;)ノ

苦情(?)受付はどうぞこちらへ!ご意見も遠慮なくどうぞ。m(_ _)m


 2004.11.11
 恵みの雨かそれとも・・・
(平成16年11月11日)

一週間くらい前の予報では「雨」だと言ってなかったように思いますが、“女心と秋の空”と言う通り最新のをチェックする必要がありますね。

おかげで溜まっていた中仕事が幾分片付きました。月末への段取りも順調ですが、一つ段取りが狂い始めている週末の仕事もあり、そのしわ寄せが懸念されます。隙間のほとんど無い過密スケジュールですから、一つ歯車が狂えばたちまち大炎上!?炎上の心配は某国産車だけで充分。(´ヘ`;)

最近、新聞の地方版に太鼓団体が紹介された記事を頻繁に見かけるようになりました。衰退が心配され久しいおらが村の太鼓団体の紹介のようでしたが、何の何の元気に活動されているとのこと。でも、その記事の内容の多くは、先人の歩みのままでは元気がなくなりつつあったところへ、次の世代がアイデアを捻り出し活路を見出したというものでした。

“雨降って地固まる”

いろんな所でいろんな雨が降っているのかも知れませんね〜。


 2004.11.13
 本番までの追い込み方
(平成16年11月13日)

今私がお世話になってる太鼓団体というのは、非常に運営体系が確立してる方だと常々感謝しています。それまで在籍してたところは、自由に太鼓が打てる練習場所も無ければ、練習方法さえ確立していませんでした。

それでも、例え満足に練習が出来ていなくとも出演依頼があれば喜んで演奏していたものです。“ぶっつけ本番”何ていうのは日常茶飯事でそれが当たり前だったのです。そんな環境が、私自身のここ一発の集中力やお客様の前でも物怖じしない度胸を養ってくれたと思っています。

「一般クラスでステージに立つ機会を増やして欲しい」という要望は以前からあり、最近はそのクラスに出演を任せることも珍しく無くなりましたが、本番に向けてのモチベーションのコントロールはまだまだ苦手なのでしょうね。その辺りはクラス担当者が上手く育てられればいいのかなと。

ただ、杓子定規に練習を積み重ね本番に臨んだところで、皆が楽しい演奏が出来なければ意味が無いし、ステージに立つという責任感は各自が身に付けなければいけないことですから、先導者は頭ごなしに全てを要求せずに、一歩下がって広い視野で接してあげて欲しいかなと。

何て他人事ではいけないのですが、仕事の段取りが狂い明日の練習に顔を出せる可能性は高まりました。ところが、そのしわ寄せは本番の日にブッキングしそうなのです。何としてでも明日の練習には少しでも参加するようにして、私が居なくても対応出来るように助言したいと思います。

                  (11月13日午後8時 記)

↑これって業務連絡かな?6(-_・;)


 2004.11.14
 演奏は何人が最適なのか?
(平成16年11月14日)

常々私の主観でものを言い綴っている訳ですが、昨夜自分達の映像をしげしげと眺めていると、10人を越えるか越えないかというのが一つの区切りのようです。当然、どれくらいの広さのステージであるとか、演奏する太鼓演目の雰囲気にもよるだろうし、一概に言えることではないですね。

ただし、参加人数が居るからと何十人もの人間全員をどの曲でもステージに上げるのは、出来れば避けたいと思うのが妥当な選択かと思います。頭数に合わせて太鼓の数を全部準備出来る太鼓団体というは極稀なのです。

年に何回かのお祭りや公的な地域イベントで演奏出来る事を楽しみに活動する私達ですが、やはり、民間からの依頼に応じる舞台では、いつでも少数体系を組めるように日頃から準備すべきではないでしょうかね。6(-_・;)

それと、演奏に対する心構えというか披露する側の真摯な姿勢は、子供であれ大人であれ早い段階で確立しないと、いざという時に大変なのです。

指導運営メンバーで構成される特編クラスで当たり前のことを、一般会員に周知させる苦労は付き纏うでしょうが、人前で演奏するという厳しさも叩く喜びの裏ではしっかり教えて行かなければと気を引き締めています。


 2004.11.15
 昨日のつづき?
(平成16年11月15日)

夏のイベントシーズンに、特編クラスでの出演で9人編成で臨んでいました(最近映像を入手出来たのですが)。ある曲では、もう両端二人くらい欲しいな〜って思ったりもするのですが、舞台の大きさからもその時の出欠状況からもベストな編成だったのではないかと感じました。

大勢での演奏で映える曲もあれば、少数で聞かせる曲もあったりと、目先の数的変化も私達の持ち味の一つかなと。それでは、「特編のスタイル=団体のスタイル」とは言い切れるものではないと私は考えています。

特編に要求されることを一般クラスに求めるのか否か。答えは両方とも正解だと思います。ただし、クラス責任者はイメージばかり高く持ち上げずに、一般会員の持ち味を理解し独自の演出を考えてあげるのもいいかと。

かつて、鼓童の斎藤栄一さんから聞いた言葉を思い出します。「鼓童も鼓童のコピーに走っている」これは、私達にも当てはまるのかなって。

子供クラスには、子供クラスの編成スタイルが確立されていますし、婦人部や青年部にしても独自のスタイルは以前から確立され、外部の演奏依頼にも応じております。それならば、一般クラスも今まで以上に、特編クラスの演出とは差別化を図るのも面白い試みだと思うのですよね。

しかし、婦人部や青年部との大きな違いにも気づいています。それは、お姉さんお兄さん方は、自分達で練習を自立して進められていることです。

これまで学んだことを自分達の手で見事に開花させているのです。そら見えない部分の問題点は多々あるでしょうが、演奏には微塵も感じません。

数年前から、一般クラスもそうあるべきだという考えもありますが・・・


 2004.11.17
 仕事の予定を回避
(平成16年11月17日)

来る23日に出演が予定されているのですが、先週末の仕事のズレでこの日が次の候補に上がっていましたが、何とか回避することが出来ました。

そうは申しましても、次の日曜日の最終練習及び演奏会場への太鼓の搬入と、さらには、その日に行われるリハーサルも全く参加出来ないのです。

すなわち、他のメンバーの仕上がり具合も何も解らないまま、本番に臨むという強行軍なのですね〜これが。6(-_・;) まあ〜何とかなるでしょ!

ところで、その前の週末には、メンバーの結婚式の二次会で演奏するのですが、会場のスペースの関係で特別少数編成で演奏します。でも、最後の曲だけは出来る限り有効にスペースを作り出して、会場に居合わせる他のメンバーも入り混じって賑やかに演出するのでした。楽しみですね〜!

日中は他のことで朝から走り回る私ですが、夜7時半ごろの演奏には充分間に合うでしょう。しかし、パーティー会場への太鼓の搬入時間には伺えないことは、申し訳なくもメンバーには了解済みなのでした。(´ヘ`;)

“魔の11月”もいつの間にか折り返して、終盤戦に突入しています。深酒が祟って少々体力低下気味ですが、もう一頑張りですよね。ъ( ゚ー^)


 2004.11.18
 甚く感動!
(平成16年11月18日)

出演を急遽任されることになった大人クラスの練習具合を聞きました。過日の練習には参加出来なかった旨を詫び、担当者と連絡を取ったのです。

最終的な人員や配置、前日と当日の段取りを教えてもらいました。前回の練習日には出演組みが太鼓を持ち出していたこともあり、充分な状態では無かったのですが、太鼓が無いながらも工夫して練習をされたそうです。

当然、大人クラスで舞台に立つ意味を彼なりに考えていたようで、その重責の中で見事に練習を切り盛りしたそうです。その内容を聞いた私は甚く感動しました。何か私は総合的に誤解していたのではなかろうかと・・・

演奏人数は16人での編成となるそうです。やっぱ、数字だけを見れば大人数だと感じるのですが、個々の能力や役割を加味すれば誰が抜けても困るし、どうしてもこの顔ぶれで舞台に臨みたいと思えるのでした。

クラス担当者の指導力の賜物と素直に受け止めています。ъ( ゚ー^)


 2004.11.22
 熱いエールを送る
(平成16年11月22日)

いよいよ明日に迫った太鼓の出演。結局、仕事の予定を二転三転させながら、私は今回の出演メンバーからは外していただきました。m(_ _)m

いろんなツケも溜まっているし、個人のスケジュールだけでは調整出来ない仕事を休日返上で遣り繰りしてて、年内には一区切りつけたいのです。

さて、先週末の話では13人まで出演人数が減ってしまったそうですが、大勢には影響は無いとのことです。日頃練習してる成果を披露させてあげたいというような親心では、この人は絶対にこのポジションに置きたいと思ったそうですが、配置には私なりにも助言させていただき、最大の効果が引き出せる人選で落ち着いたのではないでしょうか。先輩、流石です!

後は、細かいことは気にせず本番ではガンガンにいっちゃって下さい!

そうそう、大人クラスの方々は現在どのような心境なのでしょうか?大舞台を前に緊張はされてるでしょうね。でも、それ以上に期待に胸膨らみワクワクしてらっしゃるかな?どうぞ、そのワクワク感を楽しんで下さい!


 2004.11.23
 ドキドキワクワク
(平成16年11月23日)

ある意味“ドキドキワクワク”することが無くなってしまったら、終わりかな〜なんて思います。また、一定の刺激が続くとそれには慣れてしまうでしょうから、新たな刺激を求めたくなるというのは自然の流れかと。

私達にも絶えずアレンジが変化する曲がありますし、曲は変わらずとも全体的な演出の流れや、人の配置のパターンは数多くあると感じています。

リーダーやサブリーダーにより、頻繁にアイデアは出されますから、それに取り組む練習というのが私は大好きですね。イメージを具現化する作業や時に所見の楽譜で、だれが最初に雰囲気を掴めるかなんて、恐らく心の中では競争していたりしながら、かなりドキドキワクワクの練習ですよ。

一見、マンネリ感が漂うような瞬間は多々ありますが、考え方次第だと思っています。常に自分自身と向き合っていれば、小さなことでも課題は発見出来るでしょうし、その克服の為に試行錯誤するのも楽しい時間です。

さあ、今日の出演を終えた方々はどんな課題を持ち帰ったのでしょうか。


 2004.11.24
 新曲構想?
(平成16年11月24日)

「新曲」なんて大袈裟なものではないのですが、元々自分の中にある引き出しを再び開けて、アレンジを追加してみようかな〜なんて思うこの頃。

以前、先輩から曲間に使えるようなチャッパが入る演奏がしたいと聞いていました。その言葉を聞いた時点で、私の中ではこのフレーズを膨らませたいという想いは募っていましたが、なかなか日常の忙しさの中で着手出来ないでいました。堅く考えずに即興で重ねてもOKだと思いますがね。

使用するのは、桶胴太鼓の座奏左右打ちとチャッパです。当然、必要であれば複数のチャッパ・パートを設けても良いかもね。でも、実のところ私自身チャッパの音使いが手探りな為に、上手く譜面に書けるか心配です。

先輩のチャッパ曲構想にどうしても桶胴太鼓を絡めたいのは、私がその太鼓が好きであるのは勿論のこと、最初にフレーズを考えた時にすでに桶胴太鼓の音でしかイメージしていなかったのです。

もっとも、切欠は担ぎ桶で膨らみましたがその奏法自体我々の演奏には馴染まないし、それならばと座奏左右打ちでイメージを固めていたのです。

さらには、英哲型桶胴を買っていただいてからそれまで日の目を見てた南部桶の使用頻度が下がり、何かで積極的に使えないかと一人静かに思案していましたから、是非ともこれを使わない手はないと思えるのです。


 2004.11.25
 小節の感覚を養う必要あり
(平成16年11月25日)

久しぶりの練習ネタかな(^^ゞ。今宵の木曜練習でのこと。またサブリーダーによりプチ基礎練習が実践されていました。彼曰く、演奏終盤の筋力の落ち込みやテンポ感のバラつきを戒めるプログラムだったようです。

しかし、私は別のポイントも感じていました。それは、小節の感覚です。

日頃、テンポ感も小節の感覚も今ひとつ怪しい私ですから悪戦苦闘していました。上手く言えませんが、間違えないように小節のカウントを数えちゃうと、それが音に表れてしまい心地よくないのです。逆に打ち鳴らす音に気をつけると、小節を見失うことがしばしば発生してしまうのです。

その両方が上手く出来て初めて、練習の楽しさを噛み締められました。

かつて、私が「屋台囃子」をコピーする団体で演奏した時、それを観た方より「小節線が見えるような演奏ではダメだ」と、助言いただきました。

何となくそのことを思い出した練習でしたね〜。ヽ(´o`;)ノ


 2004.11.26
 ソロ演奏の経験談
(平成16年11月26日)

楽曲の中には往々にしてソロパートが組み込まれていたりします。一言で「ソロ」と言っても様々な使われ方がありますよね。今日は日頃自分達の演奏では経験しないパターンのソロのお話を経験談から紹介しましょう。

8小節のソロタイムが要求され、自分のソロが先行し偶数小節では合いの手というか、他奏者によるレスポンスのフレーズが固定されているという場面です。当然、レスポンスとの掛け合いを最大限に活かすには、奇数小節のみに集中するのがオーソドックスなパターンと言えそうでした。

しかし、私はその宿題(?)を前に、オーソドックスなパターンはほとんどの人が実践するだろうから、少しばかり捻りを入れたいと考えました。

このレスポンスありの演奏では、山彦的な手法(自分が先行してフレーズを叩き合いの手も同じフレーズで返す)もなかなか有効だとは思うのですが、こればかりではソロとしての見せ場には、やはり乏しいでしょうね。

最初に思いつき練習したのは、1、3、5小節は掛け合いに徹して、最後の8小節はレスポンスとのユニゾンにし7、8小節を連続で演奏するというパターンでした。これは、単純にしてなかなかの手応えを感じました。

かくして、予め準備されたレスポンスのパターンとの絡みを自分なりに最大限に考慮し実践したのが、1小節目のソロ終わりは2小節目の頭を突いて終わることでした。でも、いつも小節を食って頭を突いてお返しでは変化が無いので、3小節目以降ソロはキッチリ小節の中に収めていました。

さらに、いつも主導権を握ってるかのようなソロ演奏ですが、5小節目は逆に4小節目のレスポンスに自分が答えるようなパターンにし、6小節目では音を重ねレスポンスフレーズの裏に入ると言うか、その時のレスポンスは裏に入っていたので表と裏で上手く重なる様なフレーズにしました。

それまでの練習で8小節目でユニゾンにしたフレーズは、自分が7小節目で先行して8小節目で皆に答えてもらう雰囲気を態と狙ってみました。

なかなか文字で書いていて伝わり難い話でしょうが、打ち終わりも右手で終わるとか左手で終わるとか、さっきは右で終わったから次は左にしようとか、それに限らず細かな拘りは他にも随所に散りばめていました。

果して、その効果は如何に?評価は自分で下すのでなく観衆のみぞ知る。

いろんな経験・・・それは全て自分の大切な財産ですね〜。ъ( ゚ー^)


 2004.11.27
 秋の夜長は映像鑑賞
(平成16年11月27日)

近頃、夜遅くに自分達の演奏が収録されたものを流す日々がつづいています。これがまた心地よく眠気を誘うのですよ。(^凹^)ガハハ

観た回数が多いもの程、頭の中の満腹中枢が働くような気がしてなりません。勿論、自分達の演奏のみならずプロアマ問わずの可笑しな現象です。

一言、自分の姿を観て思うのが・・・全然イケテないです。(´ヘ`;)

よくメンバーとも話をするのですが、自分達が動いているようでも客観的に観ると全く動けていなくて、こじんまり小さく纏まって見えるのです。

だからと言って、振りを大きく見せるあまり余計な動きが目立つのもどうかと思わなくもないしね。ピンのパートでない以上は、対になるメンバーとの意思の疎通が重要だと常々思う私ですから、映像でもその辺りのチェックが大半を占めているかな。独りよがりの演奏ではダメですからね〜。

今年は、これまでの取り組みから、大きく二つの演奏パターンが構築出来たシーズンでした。しかし、私の中では意外にもそのパターンに安住するのが危険ではないかと思ったりしています。人の配置しかり・・・

たまたま、そのパターンの構築過程ではポジションを固定していただきましたが、あくまで一発目のモデルケースと捉えています。つまり、来シーズンにそのポジションが約束されたものではないと思っていますし、私自身今年と同じ様な演奏を今後も重ねるなら進歩がないと感じています。

何て生意気を言ったところで、追従されても私も逃げるでしょうし、そんな私もまた先を走る先輩を追い掛け回したいと思っていますから。ъ( ゚ー^)


 2004.11.28
 満足出来る演奏は・・・
(平成16年11月28日)

ちょこちょこと、今シーズンの演奏映像を入手しては振り返る時間を作っています。私的に一年を通して満足のいく演奏をしてる姿というのは、残念ながら一回あるかどうか・・・まあ〜一回ってとこかな。6(-_・;)

全ての演奏をチェックしてる訳ではありませんから一概には言えないのですが、確かに成長過程の映像よりもほぼ完成形に近い時期の演奏を観ての感想ですから、やはりこれが現在の実力なのでしょうね。

さてと、これからどんな修正とスキルアップを計るか考えたいですね。

当然、グループとしての改善箇所は、リーダー始め諸先輩の意見に従うとしまして、個人個人が弱点克服の必要性に気づいているかどうかが、今後の私達を占う大きな鍵を握っていると言えそうです。それには、やはり演奏の依頼が少なくなるいわばオフシーズンの過ごし方が重要で、出演に備える以上の練習をしていかないとダメだろうと思っています。


 2004.11.29
 音を切る感じ?
(平成16年11月29日)

チャッパの奏法に悩む私。日頃太鼓のネタを中心に雑感を書き綴っていますが、以前からチャッパの鳴らせ方に満足が出来ないで居るのです。

「祖父の家」が、ベーシックな音使いというのは前にお話しましたが、先日あるところである団体のチャッパ奏者が、残響をスッと切るかの様な仕草をしていました。簡単そうに見えて、「えっ?」って驚いたのでした。

やはり、映像世代の私としましては、鼓童の演奏映像からチャッパという楽器の存在を知りましたし、その後もいろんな団体の表現の中でしばしば見かけたものです。その時のチャッパの役割はそれほど目立たず、鼓童のようなパフォーマンスではありませんでしたが、上手かったと思います。

鳴りをコントロールして、残響も自分の管理下に置きミュートさせたり響かせたり・・・単純に思える二枚の金属楽器は、奥深さを主張するに充分な魅力をかね副えています。いつまでも何となくでは通用しませんね〜。


 2004.11.30
 面白そうなことには首を突っ込む?
(平成16年11月30日)

刺激を求めて外に目を向けることは、個人的には良いことだと思っていますし、節度ある取り組みであれば、積極的に行って何ら支障はないかと。

元来私は、個人的な機動力(大袈裟な)には定評があり、思い起こせば私の太鼓が成長する過程には、必ずターニングポイントが存在しています。

小さなことから大きなことまで、自分の意識次第でそのターニングポイントを生かすことも殺すことも出来ると考えています。日々の練習の中にも気づくか気づかないかで、その後が大きく左右されることもあるしね。

人それぞれにしがらみも違うでしょうから、一概に私の考え方も誉められたものではないのですが、その辺も充分に解った上で書き綴っています。




 Every Day 〜日々雑感〜
SEO [PR]  冷え対策 再就職支援 わけあり商品 無料レンタルサーバー ブログ SEO