Every Day 〜日々雑感〜


 2004.1.1          
 新年の太鼓バカ?(平成16年1月1日)

私は、数年前に「俺って太鼓バカだな〜」とか真剣思っていました。しかし、どうしたことかいつの頃からか「太鼓バカ」という名称が快く思えなくなっていました。ですから、その名称?称号?を喜んで使うことは今となっては皆無です。

年が明け、新春の初売りセールでショッピングセンターは大賑わいです。そして、イベント広場では太鼓演奏が行われているようです。

まずは、元日にあるグループの演奏が観たくて少し遠い場所のショッピングセンターにやってきました。実は、そこに所属する若き太鼓打ちに個人的に注目しているからです。話したことも無ければお互い面識も無いのに何かを強く感じていたのです。それは、あたかも「英雄、英雄を知る」の如くでしょうか?\(~_~;)

最後の演奏時間にギリギリ間に合い、演奏終了後に挨拶がてら話しかけてみました。すると、「何となく今日来てもらえるんじゃないかと思っていました」と言うのです。後片付けに忙しい中慌てるように言葉を交わす中で、私の目に狂いが無いことを実感しました。今後の成長を引き続き応援したいと思います。

そのグループ自体比較的新しい組織のようで、表現する太鼓も模索中のように察しました。以前は、他所の伝統太鼓系の表現をしていたと聞いたことがありましたが、この日の演奏はすべてオリジナルだったと思います。

辛口のコメントとしては、ひとつの曲の中で何をしたかったのかよく解らない部分もありましたが、厳しい基礎練習をきっちりこなしているのは感じられました。

打てば響く太鼓ですが、どのような表現で聴衆にメッセージを伝えるのか・・・私自身まだまだ青二才ですから尤もらしいことは何も申し上げられません。

大晦日の「林英哲和太鼓カウントダウンコンサート」に始まり、ず〜っと頭の中は太鼓のことで充満しています。やはり、そんな私を人はこう呼ぶのです。

「太鼓バカやん!」

全くもって面白くない言葉の響きで不本意です。(○`ε´○)


         
 2004.1.2
 新春二日めの太鼓は・・・
(平成16年1月2日)

今年で三回目になりますが、「TSUGUMI」の新春イベントに繰り出しました。

先の2年間は、元日の演奏だったのですが、大晦日の英哲さんのコンサートに服部くんが出演していた為に、今回は2日の予定に入れていただいたようです。

元々実力派の二人が組んだユニットですが、結成以来応援して観つづけている私にすれば、「石の上にも三年」と言うように、最近はゆとりが感じられるような板に付いた演奏になってきたと、真に持って勝手ながら感じています。

そして、何よりお互いがお互いの才能と可能性を信じて、刺激し合いながらより高め合っていると思いました。それは、昨今の地域の活性化から派生した太鼓表現とは一線を画した音楽表現だと感じずにはいられません。実に魅力的な二人の演奏に酔いしれ、また私も奮起させられちゃいました。ъ( ゚ー^)

私の所属する団体は、基本的に3月までは充電期間となります。もちろん、その間練習は行われますがグループの動きとしてはオフシーズンと言えるのです。

古くからのメンバーと肩を並べるように、新参者の私も漸く皆に馴染ませていただいた様に感じています。しかしながら、今年の目標としてはそんなグループにおいて、もっともっと個性を出して行こうかなと考えているのです。

地域に根付いたグループとしては、守るべき基本スタイルは在ると思いますが、その表現の80パーセントを持続させながらも好きで関わる和太鼓の世界、新しいことにもどんどんチャレンジしたい欲求も出ているのです。

古きを守りながら新しいことも創造し、新しき表現の中に古き良き表現を尊ぶことが出来るのかもと思うときもあるのです。いずれにせよ、苦手な分野をどんどん克服しお手本としてる先輩に少しでも追いつきたいのです。

ある意味、私は研究者なのかも知れません。常に現状に満足することなく、次から次へと新しい研究テーマを見つけるのが得意なのかも知れないと・・・


 2004.1.3
 正月三箇日はお酒にまみれて
(平成16年1月3日)

「黄砂に吹かれて」「木枯らしに抱かれて」・・・「お酒にまみれて」。

歌にその思いを込めるものじゃありませんが、人々にその情景が容易に想像していただけて、共感していただける言葉ではないでしょうか?

まあまあ、正月だからいいじゃないかと甘い自分もいるわけですが、どこに行っても振舞われるし家に帰ってもまた飲んじゃうしね〜(^^ゞ

ただ、ここ近年は愛飲していた美味しい日本酒を買わなくなってしまいました。何となくですが、もう1本もう1本と次から次へ買っちゃう自分に嫌気が差して、自然に自粛しているのだと自分を分析しています。

「一年の計は元旦にあり」とは申しますが、今年の目標の中にお酒を少しは嫌いになろうかと思っているのです。いや!ほんの少しだけね〜(;^_^A

つまり、ある年代を境に身体のコンディション作りが容易ではないと感じているからです。以前からリーダーに、「同じ年でその体型を維持してるのがすごい」と冗談ぽく言われるのですが、実はそれほど昔から運動量に差は無いのに、なかなか身体が絞れない現実に直面しているのです。

それは、明らかに飲酒が原因だと思いたくないけど実感しています。お酒の量というのも年々上昇傾向にあるようにも思いますしね〜ヽ(´o`;)ノ


 2004.1.4
 書初めじゃなく、「走り初め」
(平成16年1月4日)

正月ボケに喝を入れる為、突然朝からランニングをしてみました。ゴロゴロ、グテグテするのは3日までと、自分の中でスイッチを切り替えたのです。

平日の早朝はなかなか時間が作れないのですが、もともと日曜日はランニングしていた習慣からそれほど苦も無く起きることが出来ます。最初の1キロはウォーキングで身体を覚まし、軽い準備運動の後走り始めました。しかし・・・

やっぱ、重いっす!(´ヘ`;)

どうもこの場に「走る」と書きますと、「太鼓のトレーニングとして走ってるんだ」と良い方に解釈され感心されるのですが、近頃はダイエットの意味合いが強く、あわよくばトレーニングにもなるかなというのが本音でしょうね(笑)。

すなわち、以前にも書いたと思いますが、そもそも目的に関係なく走ることが好きな性分ですから、大袈裟に感じていただかない方が賢明です。

この日はいつものコースを走り終わろうとしてるのに、全然疲れていなかったのでもう1キロほど道草をしてしまいました。やはり、正月の間にしっかりエネルギーが蓄積されていたのでしょうか?少し調子に乗り過ぎたので右足の土踏まず附近が靴擦れのようになってしまいました。

現在私は、ランニングシューズにナイキを使っているのですが、これは1時間ほどの距離を走ると足が痛くなるのです。前から知ってて使っているのですが、軽めのランニングには大丈夫だと判断したからです。でも、もう使えないですね。

もう1足あるランバードにしなきゃダメみたいです。私はどうも“ミズノ足”だと、かれこれ15年くらい前から薄々感じていました。ところが、ある日偶然見つけたナイキのランニングシューズが気に入って使っていたのですが、見た目と機能が必ずしも一致しない高い買い物になったことを認めたくなかったのでしょう。

ランニングシューズも1万円で買えないからバカになりませんね〜6(-_・;)


 2004.1.5
 あわわ〜急遽出演!?
(平成16年1月5日)

正月モード覚めやらぬ昨日のこと。リーダーから電話が入る・・・

「あけましておめでとう!7日出演やけど出れる?」

「へ?」

平日の夜の催しとのこと。しばし考え・・・

「出させてもらいます」

新春の練習スタートは8日の木曜日なのですが、前日にいきなり出演の予定となってしまいました。折り返し連絡があり事前に一晩練習時間を作るとのこと。

演目と予定されるポジションを聞き、まずは心の準備(笑)をする私。ある曲では大太鼓ソロの可能性も少しあるらしいのですが、これは無理じゃないかな〜是非チャッパでお願いしたいところです。ヽ(´o`;)ノ

最近、少数編成でこなす出演が多くなってきたように思います。もっとも、急な依頼に即座に人が集まれるかどうかが問題なのですが、10人以上での表現が持ち味でもある私達が、少数編成でも上手く表現できるようになることは良いことだと個人的には感じています。

それに同じ曲でも、基本的な枠組みの中でソロを主体に構成する曲では、打ち手が変わることによって曲そのものの雰囲気も変わるのも有りじゃないかと思うのです。まあ、これは先輩の受け売りですが同じように感じていたことです。

さて、新春一発目の演奏どうなりますやら!ъ( ゚ー^)


 2004.1.6
 打ち初めは本気モード!?
(平成16年1月6日)

急な出演に対応する為に特別に練習が行われました。

「で、チャッパする大太鼓する?」

「大太鼓は〇〇君で、私はチャッパを・・・」

「〇〇は家の都合で今日の練習には来れやんのや」

「へ?」

「まあ、今から練習できるで・・・」

「へ?」

そんなわけで、突如大太鼓“虎の穴”塾が開講されました!(苦笑)

いやいや〜普段からきちっと向き合っていれば苦無く出来ることを、今宵ばかりはダメはダメなりに本番に備え逃げ出すわけには行かないのです。

ソロ回し主体の演奏曲に、明日が本番だというのに様々なアイデアが盛り込まれる結果となりました。大太鼓のソロの長さは倍に、組み太鼓ソロの後ユニゾンの手が考え出され、後半に備える繋がりが大きくリニューアルされました。

この大太鼓ソロの倍の長さというのは、組み太鼓や締め太鼓の4倍になってしまいました。この長さは、これまでの基礎練習でもしていなかった長さだと思います。ただでさえ、2倍の長さである大太鼓ソロを想定して手数は準備して来てた私ですが(チャッパといいながら)、さらに延長されたことに戸惑いました。

そして、前から感じていたことながら何度も何度も大太鼓を打ち込んでいると、事前に考えてきたものはほとんど役に立たないということを味わいました。

何とか使えそうなフレーズを残しつつ(恰も篩に掛けるが如く?)、限りなく無意識に近い中でひたすら瞬時に動いてしまう腕に任せていました。練習の上では32小節とカウントしてるのですが、私のカウントでは64小節になるからか後半からフィニッシュまでの時間的概念が麻痺してしまうのです。

これは、今後の大きな課題ですが目の前に迫った出演では、次に来る締めソロパートのメンバーや皆に助けてもらうことになりそうです。\(~_~;)

ちなみに、通し練習をするには至らず、練習が終わったのは午後11時半を回っていました。これを書いている頃には今日に迫った出演。

果たして、どうなりますやら・・・(´ヘ`;)


 2004.1.7
 本番は何よりの特効薬
(平成16年1月7日)

今、出演を終わって帰ってきました。(*^-^*)

一言で今宵の演奏を反省する言葉は見つからないのですが、今日参加したメンバー一人一人が課題をたくさん発見する結果となりました。ヽ(´o`;)ノ

ところが、今回のアプローチは私的には実に楽しめた演奏だと感じています。確かに、出演前夜にあれこれとアイデアを出し合い、全く新しい表現をぶっつけ本番で試すというのはかなりの冒険だったと思います。

それでも、それに向けた集中した練習と常に現状に満足することなく前進させようとする取り組みは、近い将来必ず血となり肉となり更なる新しい形を生み出す原動力になると考えられるから、OKだったのではないでしょうか・・・

つまり、そのように前向きな解釈をすれば、次のステップに踏み出すための貴重なサンプルを採取することが出来たと思うのです。

演奏が終了し、片付けが終わった後の反省を兼ねた食事というのは、実に大切な時間だと思います。今後の活動を占うように皆が思い思いの意見を出し合い、それをまた皆でディスカッションしながら今後の方針を相談していくのです。

アルコールが入ると本音のやり取りも出て来ますし、改めて皆の太鼓に対する愛情のようなものが感じられるのです。正直、歴史ある組織の基本スタイルを持続させながら、自分達の表現したいスタイルの構築というのは容易ではありません。しかしながら、この仲間達となら必ずやり通せる実感も湧くのです。

そんなわけで、今年度からの我が団体はもう一皮剥けるような予感・・・

今後の取り組みに好ご期待!?ъ( ゚ー^)


 2004.1.8
 課題満載、野村萬斎。
(平成16年1月8日)

そんなことを言ってると、「おやじギャクやな〜」と疎ましく思われるのだが、どうも統計(意識調査?)によればおじさんは40代からのようです。

なんだ〜余裕でお兄さんジャン!\(~_~;)

さて、野村萬斎さん(狂言)の話題はそれほど持ち合わせておりませんので、タイトルは単にネタ振りということでご勘弁を・・・(;^_^A

今宵、新春一発目の木曜定期練習が行われました。なかなか、普段演奏しないんだけど知ってないと恥ずかしいという曲の練習に集中しました。練習というより、私なんぞ全然イケテない状態で練習にもなっていなかったな。6(-_・;)

すなわち、課題がてんこ盛り過ぎて打ちひしがれた夜だったのです。

全く、一から出直しが必要ですな〜ヽ(´o`;)ノ

あまりにも多過ぎて雑感の話題にもなりゃしない・・・

風呂に入って少しだけ(?)ビール飲んで寝るとするか!?

やはり、そんなリフレッシュの思考回路がおじさんなのでしょうか・・・

リフレッシュの酒肴回路?リフレッシュの酒豪回路?\(~_~;)

脱衣所の鏡に映る姿は、間違いなくおじさんのような気がしました。(´ヘ`;)


 2004.1.9
 試作のバチをお借りする
(平成16年1月9日)

先日、メンバーの知り合いがいろんな材質のバチを何本か試作してくれました。

あくまで見よう見まねの試作品のようで、サイズはまちまちでした。でも、さすがに木を扱うお仕事のようで、仕上がりも綺麗で握りの形状や重さなど細かな希望にも対応してもらえそうな感じがしました。

今回、お借りしたのは「米松」材と「檜葉」材の2セットで、サイズが違うので一概に対比は出来ませんが、前者のバチについて考えてみました。

長さは480mm、握りは32〜40mm、重さは250〜260gで作られていたので、少しサイズ等手直しすれば大太鼓用に代用できそうなのです。

握り手側と打面側ともに滑らかに太くなっており、恐らく握りの調整も自由自在に出来ると言うアピールの作品だと思います。

たまたま残った端切れの材料で作ったとのことですが、採算は取っていただいてバチの製作をお願い出来るかも知れませんね。


            
          
   これは“骨”を連想させる形状でした

 2004.1.10
 「伊勢春慶」
(平成16年1月10日)

年末から構想を続けています桶胴の件ですが、思い切って胴部分を一から作ることも検討しています。そんな折、先日行きつけの歯医者の待合室で興味深い記事の雑誌を見かけました。

春慶漆と呼ばれる漆で彩られた、生活に密着した漆器が遠い昔から人々に重宝されていたというのです。昭和の初頭にそれらを作る匠は途絶えたそうです。

それらの歴史を若者達が調べる工程が記事に紹介されていました。

桶胴太鼓の色となると何となく黒い漆がオーソドックスなのですが、この茶系色に少なからず魅力を感じています。そう遠くないご近所に、歴史ある伝統工芸があるならその漆の色に拘るのも面白いかもと独り考えを巡らせています。

担ぎとか大きさがどうだとかはあえて考えず、春慶漆の色の胴に黒漆で縁取りした皮を黒い調べで締め上げる・・・(けっこういいかも)

具体的なイメージは、太鼓をご存知の方は容易に想像していただけるでしょうが、たぶん賛否両論でしょうね。(´ヘ`;)


               
                       伊勢春慶


 2004.1.11
 「伊勢春慶」に魅せられて
(平成16年1月11日)

本屋さんを何軒かはしごして、ようやく先日話題にした雑誌を買うことが出来ました。そして、その中の記事をもう一度読み返しながら、急速に「伊勢春慶」に引き込まれていく自分を感じていました。

そう思ったら行動が早いのが私の真骨頂?(笑)「里帰り伊勢春慶展」なるものが開催されているので、直接その漆器を見て歴史を感じたくなったのです。


         


伝統工芸品として再認識された伊勢春慶とは、生活に密着した漆器の中でもある一定の条件を満たしたもののことを呼ぶそうです。

今回私が興味を示したきっかけは、桶胴の胴体にこの伊勢春慶の漆塗りの工程を応用出来ないかと考えたからです。でも、そのためにはまず漆芸の工芸を学ぶのが先決ではないかと悟りました。

自分が拘った太鼓の皮や胴体の桶と箍、そして今回出会ってしまった伊勢春慶の漆に至るまで最高の一品に仕上げるには相当の時間が必要だと思います。

それには、まだまだ勉強不足が否めませんが近い将来実現したくなりました。


 2004.1.12
 ビデオライブラリーの解体?
(平成16年1月12日)

今日は、ひょんなことから太鼓のビデオを片付けることにしました。

まずは大きなダンボール箱を二つ準備し、発泡スチロールで箱底の補強をすることにしました。その後、ビデオラックから1本1本取り出しタオルで乾拭きしながら詰め込んで行きました。

そうです。あまりにもの多さに嫌気が差してきて物置に移すことにしたのです。

時間があれば、もっとゆっくりと整理整頓しながら詰め込みたかったのですが、それはまた別の機会にすることに・・・(たぶんそのまま?)

よくもまあ〜いろんな太鼓のビデオを集めたなと思う反面、最初の頃はそれだけいろんな情報が欲しかったのだと思います。中には、田楽などの土臭い伝統芸能から誰もが通ると言われる「鼓童」関連、そして、ある程度の時期になると自分の好みの表現をする団体を中心にコレクションされていました。なるべく気づいた太鼓や津軽三味線、尺八奏者のテレビ番組も当然網羅されていました。

今までのようにコレクションすることは無くなるでしょうが、気に入ったものは引き続きどんどん溜まっていくでしょうね。(どっちやねん!)

何本も片付ける合間に観たくもなるのですが、基本的には物置に移ってしまうので再生する機会は極端に少なくなるでしょう。さらに、その多くはもしかすると二度と再生されないことになるかも知れません。ならば捨てれば?(無理無理)


 2004.1.13
 担ぎ桶を考える
(平成16年1月13日)

一口に「担ぎ桶」と言いましても、桶胴太鼓を担いで叩くスタイルにもいくつかあるようです。しかし、やはり「鼓童」の功績なのでしょうか一般的にこんなスタイルであるというのは、多くの人が目に触れ肌に触れ知っていると思われます。

後に、同団体を離れてソリストになった方々の人気の上昇に比例して、担ぎ桶の人気も急上昇していったようにも感じています。今となっては、いろんな奏者によるWSが各地で数多く開催されていることで、桶胴太鼓の人気上昇に拍車をかけていると思われます。

私自身強烈に桶胴太鼓が欲しくなった背景は、「千人響海山」の中で演奏された鞨鼓スタイルの第何楽章かの演奏に魅了されたのが始まりです。身体の前に担ぎを横たえ左右均等のバチ使いで、太鼓の面と縁打ちを巧みに使い分けた素晴らしい演奏でした。その基本スタイルは日本古来の伝統芸能にヒントを得たものだと感じたものです。

その後、先陣を切った感のあるレナード衛藤(元鼓童)氏や、他のパフォーマーのスタイルに急速にのめり込んで行ったのは言うまでもありません。

最近は、和太鼓と言っても全般的に表現の多様化と音楽性の高まりからか、使っているものや衣裳は確かに「和」なのですが、パフォーマンスそのものは伝統的な何かを醸し出すものでは無くなってきたものが非常に多いように思います。

また、プロ奏者の中にもアマチュア奏者の中にも和装に拘らない動きはかなり前から始まっています。

そんな中、担いで叩く桶胴太鼓のスタイルがどこかしら無国籍で自由な感じがし、純粋に音楽を楽しむことに秀でたアイテムのような気がしています。


 2004.1.14
 担ぎ桶を考える〜其の弐〜
(平成16年1月14日)

数年前から英哲さんの舞台にお目見えした「澪の蓮」という曲をご存知でしょうか。私はこの中で舞いながら打ち鳴らされる演出が大好きです。すでに同じ演舞を4回は観ましたが、回を重ねるごとにその完成度と表現力は実に素晴らしいものとなっていました。その演奏で使われる桶胴太鼓は、2尺ほどの短胴のものですから、一般的に人気を博してる“担ぎ桶”とは別ものです。

私は、その初演を観た後にすぐさま影響され(笑)、座りながら両面を叩くイメージで僅か20小節の短いフレーズを作ったことがありました。それは、未だに長い曲に進化することも無く大切に暖められていますが、そのフレーズをきっかけに気の向くままのソロフレーズを組み込みながら時々遊んでいます。

昔は、子供クラスの練習時間内に暇を見つけては思いつくままに自主練習をしたものですが、責任を持って指導に携わるメンバーを同じようにサポートする為に控えています。そんな、一見するとお遊びのような取り組みから新たな何かを閃くこともあると思うのですが、別の時間を見付けたいと思います。

残念ながら、団体活動の中で何もそんな表現の必要性に迫られていないことも、なかなか捗らない要因か知れません。さらには、覚えなくてはいけない課題が山積みで少し余裕が無くなっているのかも・・・6(-_・;)

所詮、私が思い付くことの多くは自己満足の範疇のことですが、自由気ままな発想は今後も楽しもうと思っています。

そうそう、そんなわけで桶胴太鼓を使う表現も多用してしかり。置いて良し、吊るして良し、担いで良し。“担ぎ桶”と一口に言ってしまうのもどうかと思うことも無きにしも非ず・・・中には“抱え桶”と呼ばれる方もいらっしゃるようで、なるほど脇に抱え一本打ちするスタイルはまさに的を得ていると思います。

また、冒頭に紹介した「澪の蓮」の桶スタイルと同じように、くり貫きの平胴を担ぐスタイルも観たことがあります。どこかのアマチュア団体でしたが・・・

機動性に優れている“担ぎ桶”は、お祭のパレードなんかでは最大限に威力を発揮しそうです。裏を返せば舞台表現における使い方は難しいように思います。どのような表現で使用するかで良くも悪くもなるでしょうし・・・


 2004.1.15
 担ぎ桶を考える〜其の参〜
(平成16年1月15日)

私達の団体は、今人気の担ぎスタイルを演奏に組み込むことは限りなく少ないと理解しています。また、基本的には練習することも無いと思います。

以前、県外遠征の時に担ぎ桶胴太鼓三人による演奏を準備していましたが、台風の影響でその演奏は幻に終わったことがあります。同じ年のお祭の時、伝統芸能の集いのフィナーレの場面で急遽復活させたことがありましたが、他の伝統芸能入り乱れての演出に要領を得なかった苦い思い出があります。もちろん、私個人の技術的な敗因も大きいのですが・・・6(-_・;)

その他はと記憶を呼び起こせば、他の地域のお祭パレードに参加した時と、学校公演の入場の時に用いたくらいですね〜。(私が所属してからの記憶ですが)

太鼓の持つ歴史であったり、いろいろ考えさせられることは多いのですが、担ぎ桶の演奏そのものは個人的には好きです。ただし、だからといって地域の伝統芸能として歩んできた私達の演奏には馴染まないような気がしています。

まあでも、時と場合によってこれからも用いていくでしょうし、新たに創作されていく曲の中では充分に使用する要素を含むこともあると思います。

世間の大人気とは裏腹に、私なりに経験を踏まえ意外と冷静に分析してみました。私達と同じように大小様々な太鼓を用いた表現の中で、上手く担ぎ桶の演出を組み込んでるなと思った団体がありました。それは、「太鼓集団 怒」です。

他にもたくさんのチームが試行錯誤しながら演出を考えていると思いますが、昨年「大和之国まほろば天響祭2003」で見せた大人数による演奏曲の中で、彼らの担ぎ桶の使い方は実にスマートで良かったと思いました。

よく似たコンセプトの曲は、昨年の30周年記念公演で私達も演奏させていただきました。それは、担ぎ桶も登場した演出で公演に間に合うように仕上げてきた新曲でしたが、まだまだ改良の余地はありそうです。その為にも、今後も引き続きその曲を演奏できる場面が数多くあることを期待したいです。


 2004.1.16
 熱い人は、ほんま多いで!
(平成16年1月16日)

「日々雑感」と称し、私が経験する出来事を太鼓を中心に紹介しています。もう、どれくらい経つのか・・・ふと、バックナンバーを読み返すと面白いね〜。

日記というわけでは無いのですが、その時々で起こったことやそれに対して自分が何を考えていたかなど、客観的に楽しむことが出来るのです。

たまたま、このように文字にして書きとめ紹介してるのですが、やはり誤解を招くことが多いのでしょうか・・・6(-_・;)

私の持論のひとつに、例えば太鼓に関してほんますごい知識なり技術なり備わった人は、ネットの世界に軽々しく登場しないと思っています。ゆえに、私なんぞ軽々しく言葉を並べる青二才の何者でも無いということです。

さて、年が明け練習がスタートしたわけですが、再びソロ回しに熱が入っています。まあ〜私が苦手とする練習ですが、頭の回転が悪すぎ〜って感じです。

ほんま即興というのは、今まで自分が蓄積してきたものが出てくる場だと思います。えっ?蓄積してきたものが希薄な人はどうするかって?OHミー・トゥー!

私同様、辱しめの刑に処す!(T。T)

たとえ知識が豊富であろうと、瞬時に与えられた時間に効率よく表現の流れと音を創作するのは容易ではありません。そのような場面で、平凡なものしか出てこない様なら身に付いて力になったものが無いと考えられます。

出来ないことが解っていても欠点を克服することも容易いものではありません。人それぞれウィークポイントも違えば練習方法も違うことでしょう。

今自分に求めるべきポイントは、しっかり考えながら目的意識を持った練習だと感じています。広くグループ内で求められる練習に落ちこぼれない為の練習とも言えるでしょう。兎角忘れっぽい性格の私ですから、苦労して身に付けたものでもしばらく練習しなかったら元に戻っているということも多いのです。

出来ないことが、何もしないで突如出来ることは絶対に無い!

しかし、日常と非日常(ネット)の世界の私はまるで別人の様に映るのでしょうかね?実は、この「日々雑感」にはゴーストライターが居たりして!?\(~_~;)


 2004.1.17
 今年一番の大雪ヽ(´o`;)ノ
(平成16年1月17日)

朝、目を覚まし外を見ると一面の銀世界!(大袈裟かな?)

山間部や雪国の人には珍しくない光景でも、平野部で生活する私にとっては年に一回あるかないかの雪景色なのでした。

もう、こうなると暖房の効いた部屋から一歩も出たくなるなるのですが、お約束どおり(?)何本か太鼓のビデオを観て過ごしました。(笑)

先日は太鼓関係のビデオを片付けた話をしましたが、私はそのようなビデオを普通に鑑賞することがほとんどだと思いました。当たり前のことと言えばそれまでですが、例えばどこか他所の団体のビデオを観たとして、何か技を盗もうと食い入る様に観ることは無いということです。

以前ある太鼓打ちと話しした時、いろんな奏者のビデオを研究して様々な打法や技術を吸収したと言っていました。それを聞いて、「俺って全然ダメだな〜」と思ったものです。しかし、相変わらずのほほ〜んと観ることがほとんどです。

まだまだ必死な部分が足りないのかも知れないですね〜6(-_・;)

一般的な組太鼓のスタイルで、いろんな太鼓をパートに分かれて演奏する分には、各団体の表現を楽しむのであって技術的な何かに見惚れる事は少ないのです。ただし、名高いプロ奏者の技術の中にはスーパーテクニックと感じるものが多いのですが、その技術を盗もうという気にはならないのが本音です。

それは、もっともっと基本的なことで躓いている自分が居るので、そこまで貪欲にビデオを鑑賞するには至らないからです。


           


 2004.1.18
 大雪の翌日は晴天なり
(平成16年1月18日)

私は数週間前から無性に山歩きがしたくなっていました。なかなか時間が作れず我慢していたのですが、とうとう実現する時がやってきました。ъ( ゚ー^)

         

目指す場所は白米城へとつづくトレッキングコースと定め行動開始。ところどころ田畑には昨日の雪が残っていますし、山を見上げれば白米城附近も白いままでした。私は念のためスパイク付きの長靴に履き替え登り始めました。

途中で小学生を従えた先生と思われるグループを追い越し、順調に歩を進めました。そういや〜さっきの小学生はほとんどが軽装のスニーカーで、中には半ズボンの元気な子供もいました。(雪のこと考えていないのかな?)

          
   【
登山道は次第に雪の道に、途中雪の重みで細い木々が道を塞いでいました。】

プチプチと雪解けの音の中を黙々と歩きながら、時折頭に落ちる雪解け水の雫にどことなく癒されていく自分を感じていました。(マイナスイオン効果かな?)

頂上に行く道に迷いウロウロしてたら、集団から飛び出した一人の小学生と話しをしながら道を探すことに。足元のスニーカーはぐしょぐしょに、さらに雪道で滑ったのかズボンも雪まみれの様子。聞けば隣町からやって来て相撲クラブの仲間と登っているそうだ。そういや〜この子どことなく丸々してる。(笑)

      
 
   ここは違うなあっちか?      頂上には石碑がありました        眼下に広がる伊勢平野

頂上に着いてしばしの休憩。その間に次々に人が登ってきました。お茶を飲み他の登山者と話しをすれば、ご年配の方は毎年ここから初日の出を拝むそうで、今年は最高の眺めだったとのこと。さっきの相撲クラブの少年は、無事に仲間と合流し雪合戦に一生懸命の様子。

帰り道でもたくさんの登山者とすれ違い挨拶を交わす。休みの日は太鼓にばかり時間を使うことが多いのですが、たまにはこんな休日の過ごし方も良いね。

             

    
     【最近、木漏れ日のある写真を好んで撮る私。“アホのひとつ覚え”かな(´ヘ`;)?

 2004.1.19
 多面打ちの基本は?
(平成16年1月19日)

年の瀬の練習でのことを思い出したので話題にしてみます。あれは、一年の行事も無事終了し残りほんの数回の練習を余したある日のこと。

「何の練習がしたい?」とリーダーが言うので、私はリクエストしました。

「多面打ちの基本練習のようなもの?があれば教えて下さい」と。

しかし、その時は特に何かを教えてもらうということには至らず、その次の練習日の何かの拍子に身振り手振りですごく大切なヒントを幾つかいただきました。

それでも、答えはこうだろうな〜とは何となく理解できるのですが、そこに到達するまでにどんな練習を重ねればいいのか解らないのです。ヽ(´o`;)ノ

結局のところは、おのおののレベルに応じて自分で練習するしかないのだと悟りました。それこそ、小さな事からコツコツと試していこうと思います。まずは、小技というかフレーズにも満たない腕の運び方をシステム化出来ないだろうか?

なんや言葉にすると小難しいのですが・・・

つまり、リズムを考えるのと同時に太鼓を複数使うことを前提に手順を組み立てるのです。そうすれば、まったく同じリズムの塊でも幾とおりもの違う表現が出来るはずです。また、一見単純なリズムであっても多面打ちで音程の違いを積極的に取り入れることで、面白い表現が可能になると思うのです。

なんや言葉にすると簡単そうですが・・・(´ヘ`;)?


 2004.1.20
 一年の計は大寒までに?
(平成16年1月20日)

「暖冬、暖冬・・・」と言っていたこの冬も、次第に寒い日も多くなってきました。

先週末に、雪国の体感と春の気配を隣り合わせで感じた私ですが、まだまだ日本列島は寒波が押し寄せる予報で冬真っ盛りの様子。

一足先に冬眠から覚めた蛙や蛇の如く、新春の太鼓練習がスタートしてから皆の目つきが変わっているような気がしています。やっぱ、皆すごいよ!ヽ(´o`;)ノ

私もそのモードに負けじと頑張らねばと思うのでした。そんなこんなで、取りあえず今年の目標など書き出してみるとしましょうかね。6(-_・;)

「櫓の大太鼓」のポジションをもっと意識して練習したいですね。けっこう上手い先輩が多いので乗り越えなければいけない道は険しいのですが(笑)、いつもその人達に頼っていてはダメだと思うのです。

いざという時に誰も対応出来ないというのでは情けないでしょうから、そんな時真っ先に手を上げられるまでには成長したいものです。

後は、「組太鼓のソロパートを取る」ことかな?いやいや爆弾発言ですが、これも大太鼓同様に上手い先輩が多く私なんぞ全然イケテないくちなのですが、何か不測の事態には対応出来るように練習したいという努力目標ですね。

私はたまたま「日々雑感」のネタとして、声に出して(文字にして)言ってますが皆同じ気持ちだと思います。能ある鷹は爪を隠してるのか・・・、能のない私はしゃべり過ぎるのか?無言実行派と有言実行派。もしくは、有言努力派かな?


 2004.1.21
 咬めば咬むほどに味がある
(平成16年1月21日)

古い太鼓のビデオを観ていて気づいたのですが、あるアマチュア太鼓の演奏を始めて聴いた時、お世辞にも上手いとは思いませんでした。

そのビデオを何かをしながらでも頻繁に流していたある日に、あらあら不思議なことに第一印象で全然イケテいないと感じた演奏が、実に心地良いのです。

一般的に上手い演奏をする団体を何度も観るうちに、何となく飽きてしまうということも起こると思います。それとは反対に、下手糞かな?と感じた意外性が、何度も聴くうちに突然素晴らしい個性だと感じられるのです。

ただ、お客さんとのファーストコンタクトで、どれだけの印象を植え付けられるかが鍵でしょうね。それで何かを感じてもらえないと、余程の偶然が無い限りは二度と演奏に来てもらえない可能性が高いからです。

しかし、まあ〜お客さんにどう思ってもらおうとか考える前に、自分達は自分達の心地良い演奏を目指しているような気がしていますが。(;^_^A

その中で、結果的に最高の武器になるのは、やはり「個性」だと思います。

最近、私の身近なところでコピー系の創作太鼓の噂や演奏を全く聞かなくなりました。もっとも、そのような演奏がはなから苦手な私ですから、自然と耳に入らなくなっただけかも知れません。

それでも、次第に自分達の表現したいものが見付かり創意工夫を重ねているのではと想像しています。そして、その傾向を勝手ながら嬉しく思っています。


 2004.1.22
 左右のスイッチはどこに?
(平成16年1月22日)

太鼓を練習する多くの方が左手の重要性を認識しており、日常生活においても積極的に左利きの生活をしてるのではないでしょうか。

私もすでに4年ほど実践して来ましたが、右手があまりにも下手糞になってしまい、最近はその時々のフィーリングで左右を使い分けています。

さて、それではどのくらい進歩があるのか試してみると、意外にも目に見張る効果が無いように感じています。確かに、子供達の指導の際には鏡打ちが出来るので役に立ちますが、いざ自分達の曲練習になりますと、やっぱり右手が主導であることに変わりはありません。

そんなことをここ数週間考え続けていますが、ある先輩も同じようなことを考えていたようで、今宵の木曜練習において再び良いアドバイスがもらえました。さらにそれをヒントに左右のコンビネーションの練習パターンと、3面打ちの練習パターンを思いつき自宅に帰ってから紙に書き留めました。

今までも思いついたことを紙に書くことはしばしばあるのですが、近頃はもっぱらきちっと整理するようにしています。ノートに直接書き出したものから小さな紙切れに書き出したものまで、なるべく後々思い出し易いようにするためです。

この時、2面打ちの譜面を書くのに太鼓の違いで足の長さを変えて書いていたことがあるのですが、今回は音譜の上に「L」や「R」を記載してみました。当然、3面打ちの場合は「3」や「2」や「1」とし、同じ流れの部分は「−〃−」と表記してみました。あくまでも練習パターンのひとつですから、覚えて身についてしまえば譜面を見ることは無くなるでしょうから、それまでのメモと考えています。

しかし、まあ〜本番で満足に多面打ちが打てるように、いやいや練習で満足に多面打ちが打てるようになるには、まだまだ時間が掛かりそうですわ〜ヽ(´o`;)ノ


 2004.1.23
 とうとう逝っちゃった!?
(平成16年1月23日)

昨夜の木曜練習の組み太鼓ソロの場面でバチが裂けました。実は、私がもっとも多用するこのサイズのバチは疲労骨折予備軍が多いのです。

当然、本番前には完璧なものを使用するのですが、近い将来必ず“逝く”と判っていっても見た目に問題なければ練習ではどんどん使っているのです。

去年、夏前に英哲型桶胴太鼓を4基買っていただき、以来私達の演奏の中に三丁締めと尺六桶+尺八桶の組み太鼓が登場しました。このスタイルで演奏する時に自分なりに最適かなと思うバチのサイズはあるのですが、残念ながら未だに手に入れられずにいます。

使う太鼓によって本当に様々なバチの好みがあるわけですが、今までは単純に「大」「中」「小」と取り揃えていれば大体事は足りていましたが、表現したい音色も増えてくるとさらに拘りが出て来るのは仕方の無いことだと思っています。

会から太鼓屋さんに注文して作ってもらうバチもあれば、自分で独自に気に入ったサイズのバチを探してきたり、入手方法も一定していないのが現状です。そこで、贅沢を申せばおおぴろに商売気を出さず、片手間にでも数本単位で作ってもらえる木工関係の知り合いが欲しいところです。

それには、安定して供給していただけることが理想なのですが、材料の安定的確保と材質の均一化が意外と難しく大きな問題だと考えています。それに加えて、単価との兼ね合いもあまり無視できないでしょうしね〜。

「ならば自分で作れば?」って聞こえてきそうですが・・・(;^_^A

自分はこう見えても不器用ですから・・・(高倉健風)

        


 2004.1.25
 なんだ〜独りかよ!?
(平成16年1月25日)

自主練習月間(?)として、12月〜2月も日曜練習の会場は予約して許可はいただいています。ところが、今日の集まりは婦人部の方がお二人練習にみえた以外は、私一人ぼっちでの淋しい練習となってしまいました。(´ヘ`;)

何となく感じているのですが、大人クラスに「自主的に練習をして下さい」と言っても、何をどう取り組んだらいいのか解らないのだと思うのです。

どうしても受け身というか、無意識に何か指示をされるのを待つことに慣れてしまったのでしょうか?まずは、この辺りの意識改革から必要でしょうか。6(-_・;)

まあ、人のことはあんまり気にせず自分の遣りたいことを進めることに・・・

取りあえず、苦手な項目がじっくり取り組める自由な時間です。使える太鼓はゴロゴロしてますが、桶胴の尺八と尺六それに並附けと三丁の締め太鼓、さらには前から一度試したいことがあったので銅鑼も組み立て準備完了。

締め太鼓によるウォーミングアップから、先日先輩から教わった多面打ちの基本プログラムと、それの発展系を2種類、そしてその場で思いついたもう1通りのパターンも練習しました。やってることは至ってシンプルなのですが、ちょうど1週間ほど前にこの場に書いたことを実践してると言えるでしょう。

後半は、桶胴と締め太鼓と銅鑼を使い自分達の演目のある曲を独奏してみました。通常は、少なくても3〜4パートからなる組太鼓ですが、使える音と捨てる音を選びながら独奏でも曲っぽく聞かせられるのか試してみたかったのです。

一見すると多面打ちのスタイルなのですが、演奏したのは各パートの貼り合わせであるがために、見え方はあまり面白くないものではないかと思います。それと、普段打ち込み系の曲ですから桶胴では欲しい音色が違うので遠慮してしまいました。次回は桶胴の変わりに長胴太鼓を準備して再チャレンジしたいです。

仕上げは、汗の掻き足りなさを感じていたので櫓の大太鼓を軽く打ち込みました。最後に掃除をして帰りましたが、日頃準備から掃除に戸締りと大勢で負担し合っていることが、全くの独りきりですと忙しくてしょうがありません。

 2004.1.26
 春も近づく今日この頃・・・
(平成16年1月26日)

先日、あるメンバーとこれからの活動のことを話した中に、「大人クラスに出演の機会を増やして欲しい」というのがありました。実は、昨年の練習終了までにお祭などの公的な出演以外に数回の舞台を経験しました。それは、通常特編クラスで出演を受けるような場面で大人クラスによる演奏で出演に応えたのです。

私の個人的な見解では、民間企業などの出演依頼に関して場所にもよるのですが、演奏メンバーは多くても10人程度でいいのではと考えています。普段の練習日に10人にも満たないことが多いのに、出演となると20人弱のメンバーが手を上げたこともあり、配置にずいぶんと悩んだことがありました。

大人クラスで出演に安心して応じられるようになるには、まだまだ変えなければいけない固定概念と、単純に技術的な向上も必要不可欠なのです。

お膳立てされて当然という感覚がどこかにある以上、今以上に出演を増やすのは正直難しいと思わざるを得ないのです。あくまで私的にはですがね。

「人前で万全の体制で演奏するには練習時間が足りない!」その希望に応えるように、12月から2月の間に少なくとも3時間×6日間の練習時間の確保は、リーダーにより手配していただきました。ところが、出席率はどうでしょう・・・

恐らく大半の人が、本格始動する3月から真面目に太鼓に向き合えばいいと考えているのではないかな?出演予定が無くても、新しいことを覚えることが無いように感じていても、練習というのは自分の中からするものだと私は思います。

先日も、たまたま都合が悪い日が重なっただけだと思いますが、絶好のチャンスを3時間逃したと少なからずは感じて欲しいのです。そして、次はその分を取り戻すつもりで眼つきの違う練習姿勢になることを願っています。

運営メンバーに自分達の気持ちをぶつけるには、聞いてもらえる環境をまずは自分達で整えてもらいたいのです。

 2004.1.27
 ある意味熱いトークです
(平成16年1月27日)

「聞いていません!」

それは、あなた方が聞いていなかったのではないですか?

「Eクラスは、これからはどんどん自分達で練習できるように意識していかなあかん(婦人部も青年部もすでにそのような基本スタイルが身に付いている)」

「Fクラスは別の日に自分達の練習日を設けてるけど、やる気のある者はどんどん参加してもらって構わない」

Eクラスに、「Fクラスからの情報が伝わってこない」と言われることがよくあるのですが、練習中であれ休憩中であれミーティング中であれ、リーダーだけじゃなくいろんな上級者が、その都度方針だとか連絡事項は口にしているはずです。

特に、練習中に何気に交わされる言葉の中の注意事項というのは、しっかり聴く気になっていないと誰もが聞き漏らす可能性が高いと思われます。

「さあ〜集まって。ハイ、今から言うこと絶対に絶対に忘れちゃダメだよ!」

と言われないことには聞いた気がしないのだろうか・・・

そうは言っても連絡体系の強化を計るべく、Eクラスの中でも自主的にいろいろアイデアを出していただいているようです。また、太鼓の技術的なことに関しましては、何度も同じことに躓くことも多々あると思いますから、その都度何度でも質問できる上級者を捉まえて聞いて欲しいものです。

「教えてくれない」のでは無いのです。

もし、そう感じてるなら自分の方にも何か原因があるのです。

これは、私自身にも言えること。


 2004.1.28
 温いな〜(悪い意味じゃなく)
(平成16年1月28日)

「生温い」とか言っちゃうと、あまり良い印象はなさそうな言葉の響きですが。

力強い打ち込み系の太鼓や音楽的な太鼓に比べ、限りなくアーティスティックな音作りをする奏者もいらっしゃると思います。何かこう気の赴くままに自分の感性を音で表現しようとしてるような・・・どこか、こう上手く力が抜けていて。

一概に言えることじゃないのですが、前者は男性的な後者は女性的な太鼓と形容できるのかも知れません。女性が女性らしい音を追及するなら、ひょっとすると、後者のような太鼓から学ぶことが多いようにも思います。何となくですが。

太鼓というイメージでどんなものを想像され、また自分も演奏してみたいと思って行動を起こした時に、どのような太鼓に関わりグループを選択するのかで、求められる技術も身に付いてくる表現も違ってくるのでは無いでしょうか?

幸いにも、まだ私は若い部類に居るつもり(笑)ですから、その身体能力に応じた表現を好み日々精進してるわけですが、太鼓とはこんなものだという固定観念を持ってしまうと大きな落とし穴があると考えています。

前々から薄々感じていることですが、素晴らしい仲間に恵まれ地域に根付いた団体表現としての太鼓に関わって久しいわけですが、果たして自分ひとりポツンと何処かに追いやられた時に、どんな太鼓を奏でられるのかかなり怪しいものだと、身に付けた技術の不完全さを疑わざるを得ないのです。

いつも仲間に助けてもらえる状況とも取れる団体表現の中でも、しっかりと自分というものを意識しないと全然伸びてこないと考えています。

なんて、少し生温い人肌ほどの日本酒をちびちびやりながら筆は進む?いやいやキーボードを打つ手も進むのでした。(^^ゞ


 2004.1.29
 ほんま申し訳ないです〜m(_ _)m
(平成16年1月29日)

今宵は木曜定期練習でした。

早速、2月7日に予定されてる出演に対応する練習となりました。しかし、個人的な都合で私は欠席なのです。それに、思いの外練習の集まりも悪く出席確認も充分に取れないまま最小限での演出になりそうです。

本当に今回の欠席願いを聞いていただき申し訳ない気持ちで一杯です。

今宵の練習のままなら5人という少数での演奏になりそうです。練習の光景を観衆の視点で捉えた時、やはり、これくらいの人数での演出の方が観ていて疲れないようにも感じました。仮に、こういった少数体系が定着していってもメンバーに入れるように頑張りたいところです。

まあ〜もっとも、太鼓優先の社会生活というのは誰しも限界があるもので、自然に出演に出れないメンバーを除くと、否が応でも少数体系になってしまうのは仕方の無いところ・・・6(-_・;)

更に、今年は私たちにとって変革の年になるような予感がしています。

ある一定の安定期?を過ごした今が、襟を正す時期なのかも知れないと自分自身に問い掛けています。これからがある意味踏ん張りどころか?古きを守り新しきを目指す中でのウエイト配分が肝かもね〜(-。-;)


と、ま〜相変わらず好き勝手に書いてる私なのです。(´ヘ`;)


 2004.1.30
 来る者拒まず、去る者追わず!
(平成16年1月30日)

皆様意外に思われるでしょうが、私は今の団体に入会するまで、今の団体の演奏を一度も観たことがなかったのです。

たった十数人の小さな団体で太鼓を始めた私には、正直現団体の正確な情報が入ってきませんでした。その時の会長の言葉を通じて抱いていたイメージも団体を束ねる人物との出会いで払拭されたのです。

ゆえに、どんな太鼓を演奏する団体とか一切関係なしに、その人物の人間性に魅せられたというのが切欠だったと言えそうです。

一般的には、演奏を聴いて好きになり入会を希望するというのが、自然な流れかと思います。そういう意味では異色のスタートだったのです。

太鼓を学びたいと思って行動を起こした時、信頼できる指導者に出会う偶然も大きな要因ですね。私達は太鼓をやりたいという人を決して拒んだりはいたしません。それでも、その恵まれた環境が当たり前になってくると、どこかに歪が生じてしまうのかも知れません。

グループ内において、もし「やりたくても教えてくれない」とか言う人が居たら、もう一度考えて欲しいのです。太鼓の練習というのは、皆でする練習と個人でする練習と大きく二つあります。

当たり前のことですが、いつも直接太鼓に触れる練習ばかりじゃないですから、自宅で膝を叩いたりすることも大事な練習のひとつです。ある一定の最小限の努力は積み重ねないと皆でする練習に着いて行くのはしんどいと思います。

練習場に来れば必ず太鼓の生音を出せる状況というのは、かなり恵まれているということも忘れてはいけないでしょうね。

もし、今の位置よりも少しでも上を目指したいのなら、まずは自分自身の内面から行動を起こすのが先決であり、団体がどうとか上級者がどうとかは二の次でしょうね。下のクラスから上のクラスを目指すように頑張るのであれば、上級者もその行動は必ず見ています。

さあ、ごちゃごちゃ言ってないで太鼓をよりよく楽しむ努力をしようじゃないか!




 Every Day 〜日々雑感〜
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